石塚 敏朗
近頃、家庭の仕事を手伝ってくれる器機が出てきた。
玄関や廊下を通りかかると、明かりが点灯し、歩き去ると消灯するという便利なものを取り付けている。ガスレンジでも過熱すると、自動で消える機能があることを発見して喜んでいたら、勝手に働いてくれて困った事件があった。
庭仕事を終えて家に入ろうとしたら、玄関の鍵が閉じていた。オートロックでもないのに勝手に、である。
隣の店で電話を借りてセコムに連絡し、預けてある鍵を運んでもらったのだが、女主人に事情を説明しつつ、話の筋がまとまらない、電話番号も判らない。初老の女の客が三人いて気持ちが分裂していた。
鍵の誤動作だと判断しているが、原因は判らない。同じことが起きるかもしれない。もし携帯電話を持たずに、夜の11時に急ぎの手紙をポストにほうり込んで戻ったら閉じていた、なんてことになったら。
隣近所は老人ばかり、訪ねてもまっ暗だ。店だってほとんど無い。あってもシャッターが降りている。遠くのコンビニまで辿りついたとしても、セコムの電話番号がわからない。いずれにせよお手上げである。野宿になるかと想像するだけでぞっとする。
それ以来、玄関から出るときはかならず鍵の束を首に下げることにした。玄関の鍵、裏口の鍵、自動車の鍵、小屋の鍵など一緒だけれど、物忘れが激しくなったこの頃は文句も言えない。
もし鍵を身につけていないことであっては、と指を差し込んで小指一本くらいの隙間を残しておく。
ところが、これがまた心配の種なのだ。ゴミ捨てに出る朝のわずかな隙を狙って、泥棒が侵入する話があった。「ゴミ集積の場所が変わったからでチョット見て」、と誘い出された例もある。
独り暮らしは失敗と危険だらけ。ガスの消し忘れが3度あった。いずれも玄関チャイムがなって慌てて飛び出したことからだ。気配りを完璧にするつもりでいても、年年ボケが増して86歳は安心出来ない。「やったつもり」が命取り、と頭を叩いて反省しきり。まだ、玄関まで小走り出来るだけ有り難いが、沈丁花のふっと来るのがつらい。
(平成30年4月号)