本間 毅
2018年5月26日に退院支援研究会 2018年度の年次大会を執り行いました。新潟市医師会、新潟県看護協会、新潟県医療ソーシャルワーカー協会、新潟県理学療法士会、新潟県作業療法士会、新潟県言語聴覚士会様からご後援をいただき、薬剤師会や歯科医師会など多くの団体に、開催に関する情報通知でご協力をお願いしました。おかげで、土曜午前中の開会にも拘らず、県北や魚沼からも参加者があり、100名近くの方たちがメディアシップに集合されました。関係各位には、世話人、事務局員とともに心より御礼申し上げます。
物語仕立てにした「当研究会の活動報告」に始まり、今回の主題「退院支援とナラティブ」に関し立命館大学総合心理学部 斎藤清二教授から、特別講演『医療における多職種協働と物語能力』を賜りました。新社会人から各分野の専門教育に関わる方にとっても、分かりやすく有意義な内容であったとのお言葉を頂戴しました。
シンポジウムは、新潟市民病院緩和ケア内科 野本優二先生が、病状が不安定なターミナル期の患者さんに対して行った在宅復帰支援の実例から、医療者の物語能力は時に臨床スキル以上に重要であること、南魚沼市民病院副院長 大西康史先生は、地域の特性も考慮した、病院から在宅や施設、その先にある看取りへの支援、そして大西先生の診療スタイルが深化するきっかけになったご自身の質的研究についてご紹介して下さいました。しなのがわ総合法律事務所の弁護士 高橋直己先生は、医療・介護・福祉と法律の関係概説、やはり高橋先生が弁護士を目指し、多職種協働に積極的に取り組むようになった経緯などについて、実践的なお話しをいただきました。臨場感のあるシンポジウムと言う意見が多かったです。
その後、上記の先生方に私も加わり、フロアとの対話を40分ほど行いました。現行の制度や職責、仕事に付きまとう成果検証から、多職種協働に見えない限界を感じ始めている方が少なくないという印象を受けました。物語能力こそ、この問題の解決への「アリアドネの糸」に成りうるのかもしれません。
最後に、私自身がよく聞かれる質問、「ナラティブって、何?」について、私なりにお答えいたします。「ナラティブ」は、一般に「物語」や「語る行為」とされますが、その定義自体に戸惑う方は多いでしょう。例えば、下校中の少女が突然の雨に見まわれ、大きな樹の下で雨宿りをして濡れずに済んだ、とします。そのときの天候や樹木の種類と葉の茂り具合、少女の体格、風速や雨量の数値を「雨宿り効果」の根拠にするのがエビデンス・ベースの解釈だと思います。それに対し、「孫思いの祖父が植えてくれた樹のおかげで、少女は少しも寒い思いをせずに済んだ」という、ひとつめの物語(ナラティブ)があれば、「利発な少女は雨雲に気付き、いち早く樹の陰に隠れ難を逃れたが、それは後ろからそっと傘を差し伸べた見知らぬ男のおかげだった」と言う別の物語も成立する。ひとつの事象が、当事者によりさまざまに陳述されることを「羅生門現象」と呼び、その謂れは黒澤明監督の映画にあります。最近喧しい、財務省や学生フットボールの問題で、当事者の言説が平行線をたどり交わることがない状態を、「共約(役)不可能性」といいます。臨床家が、患者や家族の生活歴や価値観、疾病に対する解釈を知り得る「物語」に「科学性とは程遠い要らぬ話し」と耳を傾けないのは勿体無いことです。測定や計算が困難であったとしても、「物語」は患者・家族以上に医療者にとって重要であることは、言を俟たないでしょう。
斎藤清二教授による特別講演
対話の時間
(平成30年7月号)