新潟市医師会報より
夏の終わりに
植木 秀任
今年の夏は本当に暑かった。もう強い日差しに逆らえなくなった私は、一日中冷房の中で過ごす事を選択した。しかし、暑い、暑いと言っている間に夏は瞬く間に通り過ぎて行き、気がつけばめっきり日暮れの早くなった夕方になっている。
若い人には夏は特別な季節だ。私も夏になると独特な思いが湧いてきたものだ。長い曇天の冬からようやくたどり着いた灼熱の青空になぜか心が躍った。夏休みという日常から離れた自由時間を手にして、いつもと違う風景や心ときめく体験に出会ってみたい。しかし、そんな思いがいつもありながら、私はほとんど毎年どこへも行けず、何も出来ない夏ばかり重ねてきた。小麦色に日焼けして、明るく屈託のない他の若者を見るたびに夏の青春を今年も謳歌できなかった無念の思いが残った。夏への憧憬はつのり、遠く青空の上に高く広がった入道雲を見つめて、あのふもとにはまだ自分の遭遇した事のない光景や人が待っているに違いない、などという誰かの言葉を思い浮かべた。もともと出不精で暑いのが苦手なのに…。そして夏の終わりが近づくと、今年も何も出来ずにだらだらとすごしてしまった夏の終わりの兆しに激しい焦燥感を覚えるのだった。
今も、夏の風物詩をカウントダウンに代えて、時折同じような感情に苛まれることがある。
例え、海や山へ行った夏であったり、避暑地で何日か過ごした夏であっても、このまま夏が終わると思うと漠然とした不満足感とともにもっと違う夏を求める自分が頭をもたげる。
高校野球の決勝も終わったその日、妻を前にして私は思わず呟いた。「ああ、ことしの夏も何もなかった…」「なに言ってんのよ。こんなにいろいろあったのに…」聞き咎めた妻が今年の夏の我が家の出来事を数え上げる。「いや、そうじゃなくて『俺の夏』が…」「『俺の夏』って何よ？」…何なんだろう？
多分それは、遠ざかる若き日の夏を追憶する私の理想の夏。うろこ雲一面になった空を見上げたある日、ふとそう思った。
