品田 章二
いつもの置き場所に家の鍵がない。急ぎスペアで施錠し、帰ってから鍵探しを始めた。
スボンのポケット、置き忘れ名所の洗面所、ポケット中身の收容器、など全てを念入りに探したが出てこない。数日前に食事した中国飯店へ出かけ鍵の落とし物を問うたがなく、勤務先のロッカーも隈なく調べたがなかった。
一週間後、タクシー会社に配車を頼んだ電話の終わりに鍵の落とし物の有無を訊ねた。
「…調べてきます…どんな鍵ですか…英文字でエスの形の革のタグ…ありますので勤務先に別の車で届けます」の答え。気掛かりが解消した一瞬でとても嬉しく、「有難うございます」と弾んだ声で伝えた。
タクシー会社に9泊したこの鍵は、数年前にホテルの宴席で落としている。その時は帰宅して直ぐに気づき電話で確かめ、翌朝ホテルの書類に持ち主の名前を書いて引き取った。ホテルには1泊したことになる。
革のタグは革の財布と仲が良いためかポケットから一緒に外に出ることがある。忘年会の宴席ではアルコールが、タクシーの車内ではエアコンによる体調不良が、注意力を散漫にした。
他人には役に立たない鍵でもなくした本人は落ち着かない。この鍵には大きな特徴のあるタグが付いていたので、おそらく後に乗った客が運転手に伝えたのであろう。だが落とし主が不明のため会社の落とし物の置き場で外泊した。
二度あることは三度ある。タグを別のものに替える方策もあろう。しかし落とし物をする癖は今後益々増えると思われる。そこで持ち主の氏名と住所を張り付けた紙封筒にS字状の革タグ付き鍵を入れ持ち歩いている。次に落としても外泊しないで済むことを願いつつ。
(令和元年10月号)