植木 秀任
ある休日、妻は会食に出かけて不在。娘も仕事が遅くなる日で、私が夕食を作ることになった。「パパ、独身長かったんだからカレーくらい作れるよね。お願いね」。言い方が気に入らないが二つ返事で引き受けた。昼食を終えるとそそくさと買い物に出かけた。材料の他に、保険としてそのスーパーで一番高い即席カレールーを買った。さて準備に取りかかろうとして考えた。俺が最後にカレーを作ったのはいつだったんだろう?あれ?中学生の…キャンプ?以後、作ってなかった?その時、気がついた。
そうだ、即席ルーの箱の裏に作り方が書いてある。
すこし大きめに材料を切りそろえた後、肉、野菜と丁寧に炒める。水を加えてあくを取りながら煮込む。あとはルーを入れて完成。順調だ。時間はたっぷりある。その時、悪魔が私に囁いた。「『私の一工夫』をやってみようか」。カレー初心者がなに考えてるんだ!という良心の声も遠く、私はこれまで見聞きしたいろいろな「私の一工夫」を思い浮かべながら憑かれたように冷蔵庫の扉に手を伸ばした。チーズをちぎって入れる。赤ワインも投入。ソースっていうのもあったな。ドバドバと入れて気がつく。あれは出来たカレーにかける派か?否か?という話だった…入れちゃったよ…。その他にもいろいろと入れては味見を繰り返した。
ふと気がつくと、日はとっぷりと暮れて午後6時も回ろうとしていた。そこで初めて自分のしている事の愚かさに気づいた。味見をし過ぎて舌もバカになっている。明日の昼には妻も食べると言っていた…それより最初の難関は娘だ。狼狽する中、娘が帰って来た。
いつでもコンビニに走れるように財布をポケットに入れて、冷静を装い皿に盛って差し出す。
「どう?味は?」「ふつう…」「え?普通なの?」「え?何、何?」「ひ、久々だからさ」。自分も皿によそって食べてみる。ほんとだ、普通の味だ。ちょっと、後味がクドい気もするが。いや、なんでもない。
こんな杜撰な調理でもちゃんと味を保っている懐の深さ。私はカレーの神に感謝した。
(令和元年10月号)