永井 明彦
『令和』は漢音で読むと「れいわ」だが、呉音で発音すれば「りょうわ」である。天平を「てんぴょう」と読むように呉音で発音する方が、新しい年号につきまとう冷たい印象や違和感を少しでも拭えたのではと思う。公式のローマ字表記はReiwaだが、日本人の実際の発音はLeiwaに近い。欧米人はReiwaを“ゥレイワ”と舌を巻いて発音するが、日本人のように舌を上歯茎につけて発音すればLeiwaになる。
ところで、文化庁は最近Vのカタカナ表記を「ヴ→ブ」にすべきとして政府が決める外国の国名表記から「ヴ」が消えた。例えば、ヴェトナムはベトナムと表記することになった。英語のVの発音を表記するため「ヴ」の文字を創出したのは福沢諭吉だと言われているが、先人がアルファベットのBとVを区別するために設けた「ヴ」の表記を放棄するのは、国際化や原音主義に反する愚行である。ヴェルディをベルディと書くのには抵抗があるし、「ヴェニスの商人」を「ベニスの商人」とするのにも違和感がある。ベートーベンは本来ならベートーヴェンと書くべきだし、ヴィーナスはビーナスではない。Bは有声破裂音で、Vは無声破裂音だが、日本人は区別して発音できない。RとLの発音同様、耳で聞いて判断できないならばBは「ブ」と、Vは「ヴ」と記載すべきである。
一方、4月の参院外交防衛委員会で、名→姓のローマ字表記について尋ねられた当時の外務大臣は「かねて疑問に思っている」と答弁した。確かに国際的には欧米式が必ずしも一般的ではなく、中国や韓国の首脳は英字でも姓→名と名乗っている。日本で名→姓のローマ字表記が浸透したのは、明治時代の欧化主義の影響で、英語や独語の論文の中で名前の表記が西欧語文脈の中で使われたからで、既に1874(明治7)年の岩倉具視への英語の手紙の宛先は名→姓の順で書かれている。文化庁は2000年に諮問機関の答申を受け、官公庁や報道機関などに「日本人の姓名はローマ字表記においても姓→名の順とすることが望ましい」との通知を出したが、何故か徹底しなかった。その後20年が経過し、東京オリンピックを翌年に控えた今年、外交成果もなくスタンプラリーのような外遊を重ねた前外相が、したり顔で言い出したようである。
欧米語圏では同名の他の個人と混同しないように名前の後にfamily nameが来る。東アジア語圏で家名の苗字が先なのは、形容詞が先に来るか後に来るかの文法の違いもあるだろうが、所属する集団(氏)や家を重視する儒教の影響が強いからだという。欧州にも姓→名の順で表記する国はある。ハンガリーとフィンランドがそうだが、それぞれ蒙古を始めとするアジア民族の侵略に遭っている。ハンガリーはマジャール人、フィンランドはフィン族のアジア文化の影響を受け、姓名順もコーカシアン民族のヨーロッパ言語と逆になったのかも知れない。そんな下地があってか、ポーランドで生まれ東欧から世界に広まったエスペラント語でも苗字を先に大文字で書く。いずれにせよ、キレやすく思慮や分別に欠け、嫌々防衛相に横滑りした前外相の思い付きは、コスモポリタンたるべき日本人の在り方にもとるように思う。