山﨑 芳彦
スティーブン・スピルバーグ監督の名作「E・T」で、エリオット少年が、自転車にE・Tを乗せてパトカーを乗り越えて空を飛んでゆく有名なシーンには思わず応援したくなる。舞台は、サンフェルナンドバレーの平均的な1軒の家で、特に変哲のない一般的な場所を選んだことにスピルバーグ監督の思いがあったのであろう。
ロサンゼルス(LA)のダウンタウンからパサデナフリーウェイを東に車で30分、LAの周辺ではほとんどないトンネルを抜けるとそこがサンフェルナンドバレーである。ここの丘陵とウィルソン山などに囲まれたバレー(盆地)一帯はLAの大ベッドタウンとなっている。このバレーの中には人口5−20万人ほどの都市が散在している(写真1)。
観光客は殆ど訪れないとはいうものの、それでも世界的な名所がいくつかある。主なものはなんといってもローズボールで、LAオリンピックのサッカーの決勝がここで行われ、正月には毎年全米学生フットボールの決勝が行われる(写真2)。これに合わせて、豪華な山車が繰り出すローズパレードは全米中の人気で、日本でも放送されることがある。普段は定期的に蚤の市が開催され、フィールドの中まで入ることができる。
ノートンサイモン美術館はそう大きな美術館ではないが、レンブラント、セザンヌ、ドガ、ゴッホなどの名画やロダンの彫刻など多数鑑賞できる(写真3)。
ここからすこし南に行けば鉄道王ハンチントンの自宅を利用した、豪華なハンチントンライブラリー(アメリカ独立宣言書などがみられる)や、華麗な庭があり、とくにサボテン公園は見事であり(写真4)、日本庭園も見られる。
ほかにカリフォルニア工科大学があり、東のマサチューセッツ工科大学と並び、多くのノーベル賞学者を輩出している。
E・Tは、西にあるWhite Oak Avenueという通りの工事現場から現われるという設定になっている。最近、30数年ぶりにE・Tがエリオット君を訪ねるという、4分のショートムービーが作られたが、スピルバーグはオリジナルを超える作品は作れないと宣言しており、第二作は出ないであろう。ここには、日本人ファンも多く訪れているとのことだが、自からは行ったことはない。サンフェルナンドバレー内の都市のダウンタウンは、どこも同じような雰囲気で、大きなショッピングセンターを核に、小デパート、ブティック、銀行、レストランなどが並ぶ。これらの繁華街のメインストリートと交差して並木道や片側2車線位の広い道路が延びる(写真5)。これらの道路沿いにはアパートが多い。住んだ当時はアパートとはあまり気づかなかった。というのも、多くは1−2階建てで、道路から数m以上離れて建てられ、直接道路に接していない。駐車場も奥まっており、外から直接見えにくく、多くは木に囲まれた中庭を持っている。このため、日本の感覚から言うとアパートらしくない。
さらにこの広い道に多くの細い道路が接続され、この道路沿いが一般住宅街となっている。この住宅街の景観が日本と全く違い、その整備された美しさに驚くのである。住宅街には直線的な道路は少なく、車の通行はほとんど見られない。サンフェルナンドバレーは中央部の平らな部分はショッピングセンターや銀行、その他公の施設がみられ、住宅はここから外れた斜面に多く作られる。このことがすばらしい住宅環境を作っているように見受けられる。日本では、斜面があると一気にならしてしまい、また坂道ではひな壇のように階段状に造成する。しかし、米国の多くは、斜面のまま使うことが多い。その結果、玄関などの出入り口は高くなった道路に近い1階に、その下の階が斜面になった地下1階、地下2階となる。地階といっても、前半分が地面に接しているだけなので、地下室というイメージはない。玄関側は道路に近い高さだが、その玄関の奥は地面よりかなり高くなっており、ここに外に向かって大きな窓が取られる。このため、玄関の反対側の床は地面から高いので眺めは抜群で、通常ここに広い居間やキッチンを作る。地下1階部分は、寝室、子供室、個室など、地下2階に客室、趣味室、物置などをとる。ここも窓を広く取り、直接裏庭と出入りできる。玄関前は、広い芝生になるが、平らでなく波打つようで、隣家の芝との境界はなく、かつ、道路の芝生とも境界がなく一体となっているので広々とした前庭となり、よく芝が刈られているとすがすがしさが感じられて気もちよい。もちろん、道路と敷地の境、隣家との境を定める塀や垣根などもない。道路側はsecurityのため、窓が小さく数も少ない。かといって、前庭から後ろ庭には通り抜けにくくなっている。後ろ庭は広大な芝庭が基本で、隣家との間に塀や生け垣が設けられる。プールのある家も多い。隣どうしすべてがほぼこのような作りになっており、他の家との一体感があるので美しいのだろう。この美しさを保つ近所同士の決まりも厳しいとのことである。1軒1軒はそれほど豪華な家ではないが、周囲の住宅と庭のバランスが取れ、ちぐはぐさを感じさせないところが見事である。この辺の状況はあまりに日常的なことだったので、つい1枚も写真を撮らないでしまったのが心残りであった。このため、シアトル市の一般住宅の様子を代わりに載せたい(写真6、写真7)。基本的にはLAの一般住宅と大きな違いはない。しかし、温暖なサンフェルナンドバレーと違って、冬のシアトルの寒さは厳しく、花や緑は無くなり、新潟の冬のごとく寂しい様子になっている。
日本では、一軒一軒みると素晴らしい家も庭も多いが、地価が高く広い敷地を得られがたいことから、このような環境にあこがれても広い前庭の芝は無駄な土地と思われてしまうだろう。もちろん、全ての住宅街がこのように作られているわけでなく、場所や土地の形状により作り方が違ってくることは当たり前で、ビバリーヒルズは豪壮な建物が高いフェンスで囲まれている。インディアナポリスの高級住宅街は家が森に囲まれており内部が見えない(写真8)。しかし、森の内部には広い芝を持った大きな家がある(写真9)。
シアトルの高中級度の住宅も斜面に建てられ、ワシントン湖がよく見えるように窓が広くとられている(写真11)。写真の左端の草むらは、最近火事にあったため空き地になっているところで、このような斜面に造成地が作られる。
カナダバンクーバーでは、小高い広い土地に大きな1−2階建てが並んでいた(写真12)。雪が積もっていたため、残念ながら庭園の様子はうかがえなかった。
国や地方により、住宅や庭に対するコンセプトが異なるので、一概にこれがアメリカの住宅だと言いきれない。しかし、一般人がどのような暮らしをしているかはなかなか伝わってこない。そこで、今回、自分で体験したサンフェルナンドの住宅から、米国を中心とした比較的裕福な住宅街を取り上げてみた。住宅といってもピンからキリまであるが、特に米国の胸のすくような美しい住宅環境について書かせてもらった。
写真1 バレー内の1中心都市のパサデナ市役所も赴きある建物である。
写真2 ローズボールの正面ゲート
写真3 ノートンサイモン美術館の中庭
写真4 ハンチントンライブラリー内
Cactus Garden
写真5 住んでいたアパート前のS. Marengo Avenue、アパートなどが多いのだが、一見、静かな住宅街にみえる。
写真6 シアトル市の一般的な住宅、1階建てに見えるが裏から見ると地下1階、地下2階まである。芝は冬のため美しくは見えない。
写真7 この住宅の裏庭、裏から見ると1階、地下1階、地下2階まである。広大な芝庭があるが、冬であることもあり、草花もなく、芝もきれいでなく寂しい。
写真8 インディアナポリスの住宅へのアクセス道路。各家は森に囲まれて見えない。
写真9 インディアナポリスの森に囲まれた住宅。広い芝庭と大きな池があり、錦鯉が泳ぐ。ここに一晩泊めて頂いた。
写真10 ボストン郊外の比較的新しい住宅街(飛行機からの眺め)
写真11 シアトル市の住宅、ワシントン湖に面して窓が広くとられている。左端の草地は、火災にあった跡がそのままになっている。
写真12 カナダ、バンクーバー市郊外の住宅街(12月)
(令和2年2月号)