田中 申介
3月26日、新潟市医師会から「診療所における新型コロナウイルス感染症対策マニュアル」が各診療所に配布された。医師会では日々変化する新型コロナウイルス(COVID-19)感染状況を注視しながら、このマニュアルを随時改訂していく方針とのことで、4月16日には早速Version 2.0が配布された。
このマニュアルに沿い当院では3月末にCOVID-19感染症疑い患者外来(「疑い患者外来」)を設置し診療を開始している。診療開始から約1ヶ月が経過したが、コロナ禍の今、地域医療の末端の診療所の様子を紹介させていただく。
患者分離
先ず、発熱や感冒様症状のあるCOVID-19感染症疑い患者(疑い患者)と通常患者をどのように分けるかであるが、院内への入り口を別にするため疑い患者の入り口を職員玄関に設定した(写真1)。入り口を分けても診察スペースを分けなければ無意味なので疑い患者の診察スペースは職員玄関から入ってすぐの物療室の一角に隔離されたスペース(写真2)として設けた。通常患者は物療室には入らずに通常の診察室で診察を受けるので、疑い患者と通常患者の空間的分離が可能になった。次は疑い患者が通常の玄関から入って来ないようにどうやって院内に誘導するかだが、クリニックの玄関ドアに注意事項を掲示(写真3)し、それを見て貰い、その指示に従って貰うこととした。しかしここで問題があって、玄関は自動ドアなので玄関ドアに掲示しても患者が訪れるとドアが開いてしまうので、せっかくの掲示も患者の目に止まらないのだ。疑い患者が玄関から普通に院内に入って来てしまった。玄関前で一度立ち止まり、掲示をしっかり見て貰わなければならない。どうしようかと考えた結果、半ば強制的に立ち止まって貰うように玄関前に駐車禁止のコーンバーを設置した(写真4)。この効果は抜群で、設置してからは疑い患者は必ず受付に連絡してくれるようになった。ところが、少したつと、待合室にまた発熱者が紛れ込むようになった。こうなったら最終手段で、玄関と待合室の間の玄関ホールに立て看板様の掲示(写真5)を追加した。
患者誘導~診察・対処方針
これらの対策の結果、疑い患者の診察開始までの流れは以下のようになった。受付に疑い患者から連絡が入る → 受付スタッフが簡単に状況を聴取し院外で待機するよう疑い患者に指示 → 受付スタッフが専用の問診票を持って疑い患者の元へ出向く → 問診票と引き替えに保険証を受け取る → 疑い患者が院外で問診票に記入している間にカルテを準備する → 疑い患者の診察の順番が来たら連絡し発熱者入り口から院内に誘導する → 院内では専用の診察スペースで非接触型体温計で熱を測定し診察開始
当院における基本的な診察内容は以下の1)、2)①、②、③である。
(もし、当院の「疑い患者」対応に不適切な点があれば是非ご指摘をお願い致します。)
1)発症時から診察時まで発熱も無く、感冒様症状のみで症状が軽くSpO2が96%以上の患者は理学的診察のみで内服薬を処方して経過をみる。SpO2が95%以下の場合(稀なケース)は「帰国者・接触者相談センター」に連絡し指示を仰ぐ。
2)発熱(期間は問わない)している患者や咳・息苦しさを訴える患者、嗅覚・味覚異常を訴える患者でSpO2が95%以下の場合は「帰国者・接触者相談センター」に連絡し指示を仰ぐ。SpO2が96%以上の患者に対しては理学的診察に加え検血、CRP検査を実施し、
①白血球増多が無くCRPが正常~軽度上昇(5mg/dl未満)しているケースは対処療法で経過をみる。
②白血球増多が無くCRPが中等度上昇(5mg/dl以上)しているケースは「帰国者・接触者相談センター」に連絡し指示を仰ぐ。
③白血球増多があれば細菌感染と判断し抗生物質などを投与し自院で経過をみる。
※(尚、採血の際は疑い患者とスタッフの間にスクリーンを設置し飛沫感染を防止している。また③のケースではデータを総合的に判断して、COVID-19感染症に細菌感染が合併した病態が疑われる場合は、胸部X線検査は実施せずに「帰国者・接触者相談センター」に連絡し指示を仰ぐ。)
もちろん、いずれの経過観察のケースも症状が悪化するようなことがあれば連絡してもらい適宜対処する。
またCOVID-19感染症の症状は下痢などの呼吸器以外の症状もあると聞いているので、その場合は臨機応変に対応する。
診察が終了したらその場で会計を行い、入ってきた発熱者入り口から帰って頂く。その後、部屋の換気を行い、患者が触れた部分、床などをアルコールで念入りに消毒し、次の疑い患者来院に備える。
実は「疑い患者外来」を始めて3週間くらいは症例に応じて胸部X線検査も実施していたのだが、レントゲン室は究極の密室であり消毒は出来たとしても換気が十分に出来なかった。レントゲン室で疑い患者が咳込んだりした場合、エアロゾルが長時間空中に漂っている可能性がある。そのため疑い患者がレントゲン室を使用した後は通常患者が使用することが出来なかったので、通常業務に支障を来していた。COVID-
19感染症の肺炎の初期は胸部CT検査で確認出来るが胸部X線検査では指摘出来ないようであるし、密室での疑い患者との接触により万が一にもスタッフを感染させてしまうことは絶対に避けなければならない。医療従事者である限り感染に対して過度に怯えることなく、自院で出来ることは出来るだけやろうとしたが、熟考した結果、胸部X線検査は実施しないこととした。幸いなことに、COVID-19感染症患者の受診はこれ迄のところ1例も無い。
「疑い患者外来」は大体上記のような方式でうまくまわっていると思うが、徒歩で来院した疑い患者には順番が来るまで院外で待機してもらうことになり不便(特に雨の日)を掛けている。また車椅子の疑い患者は発熱者入り口から院内に入ることが出来ないので、院外の駐車場で対応するが必要な検査が出来ない場合もあり診察の質が低下するのは致し方ない。いずれにせよこの「疑い患者外来」は1名あたりの所要時間が通常患者よりも長くなってしまうので、疑い患者が続くときは待ち時間が長くなってしまう。疑い患者の理解と協力を得る努力も求められる。できれば行政あるいは医師会から市民に、コロナ禍の今、市中の一部の診療所ではCOVID-19感染症疑い患者と通常患者の診察を分離して行っていることを周知して欲しい。疑い患者との揉め事はごめんである。また当院の方式では疑い患者と通常患者の空間的分離は出来ているが、時間的分離は出来ていない。診察医は同じなので、空間的分離だけでは?か。だが1ヶ月間「疑い患者外来」をやってみて思うが、空間的分離だけでも大変なのに時間的分離までとなると、スタッフの負担等を考慮すれば一般診療所の対応には限界がある。
院内環境整備
院内環境整備としては、午前と午後の診療終了後に院内全体の換気、消毒作業はもちろんであるが、その他に1時間に1回タイマーでチャイムを鳴らし、それを合図に窓を10分間開放し換気に努めている。これには患者の協力も必要なので待合室にその旨掲示しておき、また疑い患者は院内への入り口は別であり、診察スペースも別で決して場所を共有することは無い旨も掲示し、通常患者に安心感を与えるようにしている(写真6)。
所感
このように何とかCOVID-19感染症対策を行っているが、医療材料不足は深刻である。1月下旬以降マスク、ガーゼ、デスポシーツなどは全く入荷しないし、消毒用アルコールもたまにしか入荷しない。手洗い用の泡石鹸や除菌用品も値段が高騰している。とりわけマスクについては僅かに備蓄はあるが、このCOVID-19禍がいつ終息するかわからない状況ではいずれ底をつくだろう。当院では当初、マスクは1人1日1枚にしていたが少しでも時間を稼ぐべく4月からは1人2日で1枚にしている。中国から直接仕入れたというマスクの販売案内がFAXで来て1枚当たり130円くらいで高かったが、藁にもすがる思いで注文してみたらとんでもない粗悪品が届いた。そのような中、4月に国からマスクの配給が2回ほどあったが、本当に有り難かった。疑い患者の診察や採血の際の防御手段としてはマスクと手袋しかない。マスクが無くなれば、診療は通常診察の患者だけに限定せざるを得ない。マスクの切れ目が診察の切れ目という訳で、地域医療の末端でいわゆる医療崩壊の始まりの鐘が鳴ることになる(この原稿が掲載される頃には既に鐘が鳴っているかもしれない)。
診察時のPPEはサージカルマスク、手袋で対応するが、もし問診票記載事項により感染が強く疑われる患者には手造りのフェースシールドや雨がっぱ、手袋、シャワーキャップを装着し対応に当たる予定だ(写真7)。一見すると「おいおい冗談だろう」と突っ込まれそうなレベルだが、COVID-19感染拡大で医療用のガウンなどが不足していることから、4月16日に厚生労働省は「雨がっぱなどで代用することを認める」通知を全国の自治体に出した。感染症指定病院でさえそのような状況なので、末端の町医者にとってはこれでも上出来だろう。医師会でマニュアルを作成し各診療所に配布したからには、医師会の役員の端くれとして自院で出来る範囲のことは何とかやって少しでも医療崩壊を食い止める防波堤の役割を果たすのだ。と、最初は本気で考え意気込んでいた。医師やスタッフが防護服を着用して重症患者の治療にあたっている光景はテレビでよく目にするが、果たしてこのような格好をしなければならない状況は一般の診療所で起こりうるのだろうか。「疑い患者外来」を設置して2週間も経過した頃、
ふと考えるようになった。もしそのような状況ならば、医師だけでなくスタッフも同様の格好をしなければならないだろう。これまでCOVID-19感染症の患者を診察した診療所の医師が感染したという報道は私が知る限り無い(インフルエンザ迅速診断検査をして感染した例が1例だけあった)ようだが、指定病院で感染者の治療に当たっている医療スタッフは全員防護服フル装備である。PCR検査用検体を採取する医師も防護服フル装備である。サージカルマスクを装着しての通常の診察は濃厚接触には当たらないとされているが、いずれ診療所の医師が感染する事態が起きないとも限らない。先日テレビである診療所が紹介されていた。その診療所では防護服フル装備のスタッフが院外の駐車場の車に出向き患者を問診、その状況を院内の院長とトランシーバーでやりとり、それから院長が防護服フル装備で患者の元に出向き診察していた。防護服の着替えなどに時間を要し1回の診察に一人あたり30分以上要するとのこと。この院長は呼吸器が専門で熱意を持って対応しているとのことだったが、このような対応が続いた場合、診療所の「疑い患者外来」を維持していけるだろうか。診療所の「疑い患者外来」は「コロナ専門外来」ではない。一般の診療所でどのように(どこまで)疑い患者と接すれば良いのか正直わからなくなってきた。この1ヶ月間で当院の「疑い患者外来」には他の施設で診療を断られた患者も数人訪れている。発熱も無く、喉が痛いといっただけの軽微な症状でも断られているのだ。疑い患者の診察を拒否する医療機関が増えれば他の医療機関にしわ寄せが行き、そこの医療機関の通常診療に支障をきたしかねない。今のところまだいいかもしれないが、今後COVID-19感染者数が増加し、疑い患者も増加するようならば非常に憂慮すべき事態となるだろう。COVID-19対策を検討する政府の専門家会議の尾身茂副座長も「COVID-19に感染しているかどうかわからない患者がフリーアクセスで病院や診療所を訪れている状況が続くと、間違いなく医療崩壊が起きる」と指摘している。ワクチンも治療薬もない感染症に対して一般診療所で対峙することは果たして適当なのか、悩み多き日々が続いている。現在は自院で診察した疑い患者でCOVID-19感染症が疑われるケースは帰国者・接触者相談センターに電話し指示を仰いでいる訳だが、そこで門前払いをされることも多々ある。理想はCOVID-19感染症(疑い)専門外来(COVID-19感染症コントロールセンター)を設置し、そこに市中の診療所でふるいに掛けられたCOVID-19感染症疑い患者を集約し胸部CT検査やPCR検査を施行し確定診断を下し、そこから患者を適切な病院に振り分け、地域に感染を拡大させないことだと思う。だが一般診療所の外来患者レベルの話などまだいい方で、より深刻なのは救急医療の現場である。院内感染を防ぐためにCOVID-19感染症が疑われるような要救急医療患者に如何に対応するか非常に苦労されていると伺っている。救急医療に携わる全ての医療関係者に対して本当に頭が下がる思いである。
最後に余談だが、COVID-19感染症対策はスタッフの負担増をもたらしている。午前と午後の診療終了後に院内全体の換気、消毒作業に加え、疑い患者の診察終了時にも換気、消毒など懸命にやってくれている。コロナとの戦いは長丁場が予想されるのでスタッフのモチベーションの維持も重要だ。そこで、「疑い患者外来」を始めて10日程経過したところでスタッフに(COVID-19に立ち向かう)勇者手当として、数字が印刷されている特殊な紙を特別なマスクと称して数枚ずつ渡した。後日談だが、本当のマスクだと思ったスタッフがいて、他のスタッフに「私、手持ちがあるので○○さんどうぞ」と譲ったが、封筒を開けてびっくりサプライズ。スタッフ皆で大笑いしたとのこと。その後のスタッフ達の働きっぷりは勿論Good job!である。
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(令和2年5月号)