山﨑 芳彦
三条市の国道289号線から分かれて、越後長野温泉を通り過ぎ、片側は急峻な山、その反対側は深い谷となっている葛折りの山道を進む。対向車が来ればすれ違うこともできない。こんな山道を30分くらい進むと、旧下田村、現三条市の吉ヶ平集落跡に着く。800年前、戦いに追われた落人が移り住んだという歴史がある。50年前に廃村になり、今は、当時の分校が山荘になって、ぽつんと一軒家のように残されている。2020.8.8の、新潟日報朝刊および同日の“おとなプラス”で紹介され、興味を示された方も多いと思う。この近くに車を止めて、さらに30分くらい細い山道を登ると、大きな池にたどり着く(写真1)。うっそうとした杉林に囲まれ、暗々とした神秘的な池である。ここに大蛇伝説があったというのも頷ける。大蛇ならぬ1m位のシマヘビが池を渡っているのに出会った。1950年代、ここで新種のトンボが発見され、この池にちなんでアマゴイルリトンボと命名された(写真2)。(新潟日報によれば、雨生ヶ池…まおいがいけ…と呼ばれ、他にも呼び名がある。)新潟県の固有名詞のつけられた唯一のトンボである。メスの胸部はやや黄味がかっている(写真3)。このトンボは、均翅亜目、モノサシトンボ科に属し、体長約4cm、比較的がっちりし、オスは青味が強く、6-8月頃山間部の池で見られる。分布は、新潟県と、山形、福島、長野県の新潟県に近い山間部に限られていたが、最近青森県でも発見された。しかし、三面川の下流地域では平地でもみられている。産卵時には、オスメスが連結して、オスは立ち上がって、メスの産卵を見守ることが多い(写真4)。池の縁に多いが、周囲の林の中に移動していることもあるので、水辺で見つからなかったら周囲の草むらを探してみるとよい。
雨生ヶ池から車を置いた付近にもどる。この辺が元集落のあった場所で、高く繁茂した夏草の中、崩れた建物や田んぼの跡など、かろうじてその名残をみることができる。麓から隔絶された山奥に、しかも冬には雪も多く、何十年何百年もの間、どのように生活してきたのかと思うと、その越後人の粘り強さに驚かされる。ここから右の道を10分くらい登ったところに、やはり神秘的な池が見えてくる(写真5)。大池である。こちらの方が、やや明るい雰囲気で、池の周囲には菅などが茂っている。ここでもアマゴイルリトンボを見ることができる。
これら二つの池を巡るコースは、トンボに興味が無くとも、かつての吉ヶ平集落跡の生活に思いを巡らせながら、豊かで美しい自然の中に身をおくと、一時の下界の喧騒を忘れさせてくれる素晴らしいトレッキングコースであると思う。ただ、道路状況などは10年以上前のもので、最近の情報は三条市にお問い合わせを。
(日本トンボ学会・越佐昆虫同好会 所属)
写真1 雨生ヶ池
幻想的、神秘的な雰囲気がある。
写真2 アマゴイルリトンボ♂
腹部に物差しの目盛りのようなリング状の細い線が見られるのが、モノサシトンボ科の特徴である。(1992.7.5 旧上川村室谷)
写真3 アマゴイルリトンボ♀
(1992.7.5 旧上川村室谷)
写真4 アマゴイルリトンボの産卵
オスは立ち上がってメスの産卵を監視する。
(1993.8.4 糸魚川市白池)
写真5 大池
雨生ヶ池より旧集落に近く、明るい雰囲気で
ある。
(令和2年9月号)