石塚 敏朗
跨線橋を電動三輪車で登りかかるとふらふらする。左側からタイヤ音も風圧も全く感じないうちに高校生が自転車で急に追い抜いていった。「危ない!」と思うその時はもう済んでしまった後のことだが、「ふとどきな奴!」と腹が立つ。
今は、追い抜きは重大な交通違反である。もし接触でもしたら車道側に倒れ込んでこちらか、2人とも重傷となる。どうにもこうにも気分が悪い。いつ起きるかわからない事故の防止には、早急に免許制にしてしっかり指導して欲しい。
坂の下りにさしかかると、70歳ほどの─亡妻と同じ年頃の小柄な女性が背に新しいタグ2枚をブラブラさせながら歩いていく。声を掛けようかどうしようか迷った。気をひきたてて、
「ついてますよ……」と声をかけると、後へ首を捻りタグを捕らえて襟の陰へ押し込もうとするが、指先が決まっていない。左を見たり、後を見たりで思い通りにいかないそのオバチャマ女性がだんだん可愛く見えてきて、手伝うことにした。はさみの持ち合わせがないので指でつまんで首筋へ押し込んでやるだけ。
いいことをしたな、と勇気を出した自分を褒めたい気がした。達成感、満足感がひたひた寄せてくる。
右手の下方に古い神社があって、太い幹からこちらへ枝の紅葉を伸ばしている。私は自転車の若者のことを忘れ、美しいものに浸りたくなった。その紅葉を2葉捉えて女性のタグのあたりに重ねるイメージを試みた。薄手の白い上着に濃い彩が染みいっていく。そして一歩一歩に、歩くたびに、左肩から腕へ袖口へと滑り落ちていく赤い線の残像を亡妻の後ろ姿に重ねて楽しんだ─何て美しい風景だろう。ついには一瞬恍惚となってとりとめようもなく、ますます愉快になってきた。
高校生の危険な行為と紅葉を飾るオバチャマを掛け合わせふたつに割ると周りの何事も綺麗に、透明になっていった。これでいい。
今朝まで気を重くしていたコロナや洪水も怖くなくなって橋をくだり、平地へ続く紅葉と紅葉の真下を走り抜けた。
(令和2年10月号)