阿部 志郎
七月下旬の日曜日、県下を襲った豪雨でJR各線が不通の中、高架鉄道線で被害を免れた新幹線で東京へ向かった。所用を済ませ、JR中央線終着の高尾駅へ足を延ばした。
梅雨空の中、ケーブルカーで山頂を目指す。おり立てば、霧に包まれて幻想的な世界が広がっていた。家族連れなどで賑わう駅前広場を抜けて、石畳を歩いて行くと『さる園』の看板を見つけた。人気のない入口で券を買い中へ…。閑散とした園内は木々が霧に包まれ墨絵のような世界を見せている。松の根元に霧で濡れた紫陽花が色鮮やかに咲いている。
建物に入ると、案内人の小父さんが暇そうに立っていた。当然、僕に近づいてきた。
『2階の屋上から眺めると、さる園がよくみえますよ』と僕を上に通じる階段に案内した。
そのさる園は遠くに岩山や洞穴が造られており、平地の餌場に数頭の猿が集まっていた。
その中に、頭に五円禿げがあり背中の毛が毟られた猿がいた。
「あの猿、どうしたんですか?」と一緒についてきた小父さんに聞くと、『次期ボスの候補です。頭の禿げは皆を思いやるストレスで出来たもの、毛が毟られたのは喧嘩の仲裁に入って出来た傷です。ボスになる条件は強いだけではダメなんです。皆を思いやり、気配りの出来る事が皆の支持を得てボスになれる条件ですから…』と言う。僕「人間社会でもそう言ったリーダーが欲しいですよね」、彼『国会議員が大臣になった時は、まずここへ勉強しにきてほしいものです』と力を込めて賛同した。
僕「皆餌を摘んでは口に持ってゆきますが…器用ですね」、彼『猿と人だけ手掌の親指が他の指と離れているので握ったり摘めるのです。更に猿だけ足の親指も離れているから木の上を足で握って歩けるのです』僕「猿の方が一枚上ですね」
僕「子供を腹にしがみつかせながら四這いでいる猿は、皆母親ですか?」、彼『猿社会で子供はすべて私生児です。だから母子家庭なんです。雄は胤撒くだけで家庭を持たず、老年になるとだんだん群れから離れてゆきます』僕「人間社会は社会貢献といった雄の果たす使命があって良かったですね。でも、定年過ぎて仕事から離れると、近所づきあいに疎く孤立するのは主に男ですよね。自殺者の比率でも男が多いようです…似てますかね」
彼『この群れは一つの大家族です』僕「どうやって家系を追ってゆくのですか?」
彼『名前はしり取りにしてあります。だから、簡単に家系は追えますよ』僕「それは素晴らしいアイデアですね。夫婦別姓の話はナンセンスですよね。だって、家系が追えなくなりますからね」彼『そうですね』
以上…話は尽きませんが…いろいろと猿から教えてもらいました。
(令和3年3月号)