永井 明彦
5年前のこの欄で1953年に公開された映画『ローマの休日』に関し、「真実の口」と題して書かせていただいたことがあった。米国恋愛映画の傑作のタイトルの原題名がRoman Holidayであることに当時は特に違和感は持たなかった。しかし、過日、NHK-TVの「日本人のお名前」を観ていたら、英語で「ローマの休日」は(a)holiday in Romeと言うのが正しく、実はRoman Holidayには特別の意味があるということを知った。
Roman Holidayの正しい和訳は「ローマ人の休日」で、古代ローマ人がコロシアムで奴隷の剣闘士たちを闘わせることを休日の娯楽としたことを揶揄したバイロンの文章から、「他人を苦しめたり犠牲にして利益や楽しみを得ること」という意味の警句になったのだという。映画では「ローマの休日」が「ローマ人の休日」にならないように、新聞記者のブラッドレー(G.ペック)はアン王女(A.ヘップバーン)発見のスクープを諦めることになる。「人生は思うようにならないものだ」という台詞もあり、映画のタイトルには当時、赤狩りの標的にされていた脚本家、ダルトン・トランボの屈折した複雑な想いが込められていた。
トランボは後に奴隷剣闘士を主人公にした『スパルタカス』で本当の「ローマ人の休日」を描くことになるのだから、皮肉というか含蓄のある話だ。ただ、奴隷の剣闘はプロレスのようなもので、最近の映画『グラディエーター』でも描かれていたが、剣闘士は真剣勝負とは裏腹の剣闘ショーを演じることで生活の糧としていたのである。
ところで「真実の口」のシーンについては、この春に明石家さんまの秀逸なパクリCMがTVで流れたが、『ローマの休日』という永遠に語り継がれる不朽の名画や名女優A.ヘップバーンを冒涜するという悪評が噴出し、いつの間にか放映されなくなった。この映画を高貴で絶対とする信者は多いようだ。
(令和3年10月号)