山﨑 芳彦
浮橋(floating bridge or pontoon)はすでに紀元前から見られているが、日本では、古事記にイザナギ、イザナミが天の浮橋にたって子供たちを見送ったとある。源氏物語、54帖の夢の浮橋は、夢の中の危うい通い路、恋ははかないものだということを描いている。ロマンチックな記述で、以後も古典の様々な場面で登場する。歴史的に見ると、葦などの水に浮く植物を土台としたもの、小舟、筏やドラム缶の上に板を渡しただけの小規模のものがあるが、災害時の一時的設置といったものが多く、恒久的に車が通れるような大規模のものは日本ではないと考えられる。自衛隊は訓練のため、戦車を通すくらいの橋を作ったともいわれている。しかし、米国ではフリーウェーにも遜色ない大規模な浮橋が機能している。
米国では4本の実用化されている浮橋があるとみられるが、この4本とも運転したことがあるので、これらについて素人としての経験から乗り心地、運転時の感想などを検証してみようと思う。橋の構造、コストパフォーマンスなどについては全くの門外漢なのでご了承願いたい。まず、鉄製の大きなフロートを浮かべ、これらを鉄柱などでつなぎ止める。この上を、コンクリート、アスファルトなどの舗装材を敷き詰めて道路が完成する。道路は、水位により頻繁に高さが変わってくるので、これに対応する、緩衝機構が必要と思われるが、その構造については考えつかない。
1.San Mateo Bridge
サンフランシスコ湾は内陸に向かって深い入り江が食い込んでおり、5本の橋が架けられている。最も外洋にあるのが有名なゴールデンゲートブリッジで、規模も大きく美しい。
2番目にあるのがオークランドベイブリッジで、規模も大きく2階建てとなっている。外洋から遠く、湾の奥にあるのがサンマテオブリッジで、これが浮橋となっている(図1)。今回は、サンフランシスコ湾に架かる1番長い橋を渡ってみようとの思いから偶然この橋を選んだのだが、それが浮橋であることに後になって気づいた。サンマテオブリッジのサンフランシスコ側の橋脚部分は高架になっており、その下を船などが通れる構造になっている。その後、徐々に橋脚は下がり、ついに水面近くまでにいたる。この部分からはフロートすなわち、浮きとなっている。
水面から道路面までの高さはほぼ2-3m、片側3車線であり、フリーウェーにも相応しい立派な橋である。サンフランシスコ湾をまたぐ橋で最も長く、全米でも第6位、8kmに渡る長大な橋で、湾の上をまっすぐに伸びて悠々たる景色を楽しむことができる。ゴールデンゲートブリッジ、SF-オークランドベイブリッジに比べれば、湾の奥にあるため波の影響などを受けにくく、ここが浮橋にえらばれたのであろう。湾の周囲は、シリコンバレー、スタンフォード大学、UCバークレー校、UCサンフランシスコ校など世界一流の大学や、ITなどの研究機関が集中している。湾の東側のフリーウエーを北に進む。この辺は道路も広く、交通量も比較的少なく、山側の景色も明媚で運転しやすい。
2.Astoria-Megler Bridge
次に、アストリアメグラーブリッジ(写真1)をみてみよう。この橋はアメリカ第3の川、コロンビア川の河口に架かっており、ワシントン州とオレゴン州の境界となっている。アストリアは小さな漁港といった感じで、漁船が多く係留されている。ヨットやクルーザーも多く、周辺は結構風光明媚で、河口には大きなインがあり、そこに1泊した。白砂青松もみられ、新潟市の砂丘を彷彿させる。ポートランドにも近いので、夏などはここからの海水浴客などで賑わうであろう。
橋の長さは6.6km、川幅は2km前後、あたりの景色は阿賀野川河口といった雰囲気である。車線は片側1車線となっている(写真2)。洪水などで橋が流されることはないのであろうか。この川の中流にはポートランド市があるが、この少し上流に大きなダムが水流を調節しており、ダムの下流側には多くの水路が流れて水を分配しており、一度に大きな水流になることはないのであろう。この橋を渡るとワシントン州に入る。小さな街をいくつか抜けて州都オリンピアを通る。ここはギリシャのオリンピアを模して作られた小さな政治都市である。ここを過ぎ、タコマに至ると俄然大都会の雰囲気となる。タコマにはボーイング社の巨大工場があり、大きな航空機がフリーウエーに沿って並んでいる。これに平行してしばらく走ると間もなくシアトルに至る。
3.Evergreen Point Floating Bridge
4.Lacey V Murrow Bridge
シアトルは米国ワシントン州にあり、人口70万の都市で州最大だが、周囲は入り江、湾など複雑に入り込み、大きな湖も多い。市の中心部には対岸が見えないようなワシントン湖という淡水の大きな湖があり、中心部にあるため、大きな橋が架かっている。このうちの2本が浮橋になっている(図2)。この湖はドックを通って外洋とも通じており、かなり大きな観光船も行き来している。歩道がもうけられている部分もあるが、陸に近い側は橋脚があり、下を大きな船も小さな船も通る。湖の中程は水面に接するように低くなっている。橋を渡ってもあっというまに通りすぎてしまい浮橋であることを感じさせない(写真3)。この様に、大きな浮橋が機能しているが、一般的な橋と何ら変わりない。コストパフォーマンスが問題であろうが、耐久性、修理費用などが今後の課題である。ここを歩いて通った人の話では、多少道路の揺れが大きいかな?という程度だそうである。
この様に、浮橋の構想は何千年と古いが、現代のようなフリーウェーにも適応するような大きなものが作られたのは、この数十年のことである。まだ全米でも4本しかなく、これから先、数が増えてゆくかなど見通しはつかない。あくまでも、その耐久性、修理の費用、期間などの問題であろう。また、その環境にマッチするものかなども考えてゆかねばならない。簡単には解決はつかないが、これからの歴史を見てゆく必要があろう。
図1 サンフランシスコ湾周辺とサンマテオブリッジ
写真1 Astoria-Megler Bridge
左岸は高架になっており、その下を船が行き来できる。
写真2 Astoria-Megler Bridge
橋の中程で、浮橋になっている部分。片側1車線、雨のため道路はぬれている。
図2 ワシントン湖周辺とEvergreen Point Floating BridgeとLacey V Murrow Bridge
写真3 ワシントン湖にかかる浮橋、ワシントン湖の中央を通る。
大きな橋で交通量も多い。水面に向かって降りて行き浮橋となる。
(令和3年10月号)