八木澤 久美子
大学勤務医時代は毎日追われるように働いており、窓の外をみることがありませんでした。今日が晴れなのか、雨なのか、全く分からず毎日を過ごしていました。39歳でB型肝炎発症、自宅療養をしていた時、初めて窓から広がる外の景色を見ました。空を見あげ、庭の草木も見ました。それまで窓の外を見るという習慣がなかったのです。季節を感じるということなど微塵も思いつかない生活でした。同時に、健康を売る商売の私が全く不健康な生活を送っていたのだということに初めて気づきました。
幸福なことに日本には四つの季節があります。それぞれがかなり違います。これは海外ではないことなのだと英会話教室の英国人教師に教わりました。ならばこの四季をとことん楽しもうではありませんか。
おせち料理の残り物を片付け、物置に置いてあった沢庵漬けや野菜を冷蔵庫に移し終わると我が家に春がやってきます。冬の間は冷蔵庫に入れておくより物置に入れておいた方が野菜の持ちがずっといいので、物置は天然のチルドルームです。気温10度が目安となります。大寒の頃に味噌の仕込みをします。手前味噌はとにかく美味しい。そしてお雛様を出して飾ると家全体が一気に華やかになります。春といえば春野菜。すべて好きで天ぷらにして一通り食します。たらの芽はほくほくし、蕗の薹は苦みを楽しみます。3月3日桃の節句の日は錦糸卵たくさんのちらし寿司を作ります。飾りにのせるのは茹でた菜の花。独活はきんぴらに。桜餅は抹茶でいただこうか。そうこうしているうちに新玉ねぎ、新じゃが、春キャベツ、筍がスーパーの野菜売り場に所狭しと並び始めます。ああ忙しい、早く帰って下ごしらえいたしましょう。せわしく美味しい。それが私の早春の日々です。コロナ禍ではありますが、今年も訪れるであろう春もどうぞ晴れやかでありますように。
(令和4年4月号)