浅井 忍
CDをかけると曲の途中が飛んだり雑音を発したり音が出なかったり、果てはCDの表面に傷がついたから、カーオーディオを自動車整備工場で調べてもらうことにした。ちょうど冬タイヤから普通タイヤに替えるときで、午前中に車を預けて昼には車が戻ってきた。担当者は何回かCDをかけてみたが、異常はないという。一般的にはオーディオ一体型ナビと呼ばれている、ダッシュボードの真ん中にあるナビゲーションとバックビューモニター、テレビとラジオ、CD・DVDの再生機能を備えた装置である。CDに傷がつくのは由々しいことだと主張すると、オーディオ一体型ナビを取り外してメーカーに送って調べてもらうことになった。
オーディオ一体型ナビが取り外されたダッシュボードには、20センチ×30センチの穴が空いた。穴の中には配線のコードとコネクタがいくつか見える。普段は見えないもの、あるいは見なくてもいいものが見えるのは、不安な気持ちにさせる。朝、車のエンジンをかけると、「おはようございます。今日は○月○日○曜日です」と、女性の声であいさつがあり、テレビのモーニングショーの音声が流れるのが常だったから、音がないのはさびしい。運転中に聞こえる音といえば、エンジン音とタイヤが地面に擦れる音と、すれ違う車の風を切る音だ。こう静かだと運転が慎重になる。
運転中にどういうわけかその穴に目がいく。車をバックで駐車区画に入れようとすると、バックビューモニターに目をやる癖がついているので、穴に目がいく。いつもより慎重にバックミラーやサイドミラーを見ながらバックする。慎重な分、1回で区画線に平行に駐車できたが、車を降りて車の後ろに回ると、思っていたよりもはるか手前に停めていた。しかしその距離は、日に日に縮まっていった。
オーディオ一体型ナビがなくなって変わったことは、運転が慎重になったことと耳鳴りに気づいたことだ。音というよりは、頭蓋骨の表面から電子音が発せられているような感じである。ジーとひっきりなしに鳴っている。なにかに集中していると耳鳴りのことは忘れている。
ところで、オーディオ一体型ナビが戻ってくるまで1か月もかかったが、なんともないという診断だった。走行しながらの試聴をしていないのではと思ったが、引き下がることにした。駐車場で久しぶりにバックビューモニターの世話になりながらバックすると、視線をどこにやっていいのやら戸惑った。運転中はテレビ番組の音が流れ、耳鳴りは気にならなくなった。
次の車は、俯瞰視点のアラウンドビューモニター付きで、誤発進防止システムを装備した電気自動車にするつもりだ。やがて、ガソリン車は生産されなくなる。
(令和4年4月号)