阿部 尚平
まだまだ暑さの酷しいお盆明けに、山間の長閑な集落へワクチン接種に出向いた。当日の最後の方は、地元の方とは一寸違った雰囲気を持った70才位の男性。私の前に座るや否や、アナフィラキシー、蜂、コロナ感染、ワクチン接種、等の言葉を次々と言われるが、どうも意図が伝わって来ない。じっくりとお話を伺う事にした。
以前、大手の会社に勤めていて、数年間はヨーロッパでも仕事をした。15年前に2度目に蜂に刺された際、アナフィラキシーになり2週間入院。一時は死の淵にまで行った。先日、又蜂に刺されたが今回は大事に至らず現在軽快中。以前、エピペンを処方してもらったが今は手持ちなしと。今年7月に新型コロナに感染したが、それも治癒。そんな自分が今日4回目のワクチン接種をしても良いものか、又、安全に受けれるかも不安、との事であった。
「まず、蜂とコロナ関連に分けて考えましょう」と話を進めた。蜂については、アナフィラキシーから15年も経っていたので今回は初回と同じ反応で済んだと思われる。しかし、次に刺されたら怖いと思って下さい。今後はエピペンを持ち歩きましょう。本日のワクチン接種は可能ですが、念の為30分間健康観察をしてからお帰り下さい、と彼の疑問と不安にお答えした所、「分りました。これで頭の中がスッキリしました」と。
接種後は、手の空いたスタッフを相手に、「オレはこの土地が気に入って、雪の季節以外は女房を埼玉に残して一人でここに住んでいる。春は山菜、夏は魚釣り、畑仕事に山登り、秋はキノコと気ままに山の暮しを楽しんでいる」
「死ぬ時はアナフィラキシーで死にたい。何と言っても、意識が無く、痛くも苦しくもないから、そのまま逝きたい」
「ヨーロッパの虫はヒデーんだぞ~。刺されると、こ~んなに腫れちまうんだぞ~」
受診者の居なくなった会場に、そんな彼の声が聞こえていた。やがて、「30分経ちましたが、お変りありませんか?」と、スタッフ。「オー、大丈夫。See you later!」
それを待っていた我々も腰を上げ、玄関へ。移動の途中、「あぁ、今日は先生に会えてとても良かった。又、お会いしたいですー」と、ややあちら風の御挨拶。靴を履いていると、遠くから、「Auf Wiedersehen!」と手を振っている。思わず私も「アウフ、ヴィーダーゼーエン!」
今日のワクチン接種には、余韻があって、何時もより、濃いモノに感じられた。
帰路、蝉時雨の夏空には、真っ白な入道雲が湧いていた。
(令和4年10月号)