勝井 丈美
あるところに、今年89歳と83歳になった夫婦がいます。夫婦は昨年末をもって、30数年営んだ文房具店を店じまいしました。彼らは仕事が好きで、頭もしっかりしており、パソコンもスマホも使いこなし、夫は車で配達もしていましたが、聴力と体力の低下だけは致し方なく、閉店を決意したのです。
店舗は自宅の前庭だったところに建て増しされており、もともとは、社交的な性格の妻が小学生相手に始めた小さな文房具店でした。お店を始めた当時、夫は数年後には定年を迎える公務員でした。仕事一筋でやってきた夫が定年退職後、「ぬれ落ち葉」化するのを案じた妻は思い切ってお店を始めたのです。
妻の目論見どおり、夫は定年退職後に文房具店の店員になり、妻は社長になりました。前の職場では管理職だった夫は、消しゴム一つ買ってくれた小学生にも「ありがとうございました」と丁寧に礼を言う180度の転身をとげたのです。
夫は持ち前の勤勉さを発揮して、幼稚園や小学校からの少額の注文でも、即刻配達することをモットーとしたので、重宝がられて徐々に注文が増えました。
また、企業や学校への事務機器の入札の場でも、これまで培った経験値を発揮して、次々と成果を上げるようになりました。
夫は中年期に消化器系のがん治療を経験しましたが、それを契機に好きだった酒もたばこもきっぱりと断ち、この年まで、やせっぽちでも風邪一つひかない健康体でした。
このお話はフィクションではありません。私の叔父夫婦の実話です。
日本はこれから益々、少子高齢化が進んでいくでしょう。定年退職後は働きたくない、悠々自適で行きたいと考える人もいるでしょうが、叔父夫婦のような生き方も、健康長寿につながる道ではないかと思います。
(令和5年4月号)