中村 稔
あれは、ようやく赴任病院にも慣れたころの午後、一本の電話が鳴った。歯科医をやっている高校の同級生からであった。知り合いの娘さんが新婚で夫が転勤族で札幌に在住の際、子宮頸がんを指摘される。某病院で検討がなされ、「子宮頸がん、子宮を摘出する必要性を含めて説明を受けた。新婚故子宮を残す選択肢は無いかを含めて治療をお願いしたい」という電話であった。同級生との懐かしい電話のはずが、かなりsevereな内容の話となってしまったが、とりあえず外来受診してもらうこととした。28歳、既婚、0妊0産、宛名のない紹介状とプレパラートを持参してこられた。ポイントは、当時の治療指針に従えば、広範子宮全摘が第一選択であり、リンパ節転移の有無が予後を決めるといってもいいと判断された。文献的には、同診断のリンパ節転移率はおよそ10%前後である。この患者さんの場合、とりわけ挙児希望が強く、またそれが私を悩ます大きな問題でもあった。夫とご本人にIC(説明と同意)を行った。円錐切除は当時比較的まれなレーザー機器を用いて行うこと、摘出物の病理診断を行いmargin positiveの場合には標準術式が必要であること、リンパ節転移率は文献上10%前後認められるが、術前のCT、MRIではリンパ節の腫大は認められないこと、を説明し同意を得た。後日、レーザーによる円錐切除術を行い、病理診断は“癌の存在を認めず”であった。その後同夫婦は転勤し、5年後彼女は妊婦として当科を再診した。聞けば、転勤したところで不妊治療を受け、人工授精で妊娠に至ったということであった。そして34週~約1か月間切迫早産で入院し、37週で帝王切開にて女児を娩出した。現在のステージングでは広範子宮頸部全摘出術が適応となろう。時代とは言え考えさせられた症例である。産婦人科診療にはこのように答えが無い、あるいは答えは本人に委ねる症例が非常に多い。それは、妊娠例に多く、母が病気であっても児も関わるということが往々にあるからだと思う。この例の場合も挙児希望が強く、子宮頸がんの治療の有益性を上回っていた。この症例も妊娠中うまくいって無事に出産に至ると誰が分かっていたであろうか?
最後に、この症例に関し術前・術中にわたってDiscussionしていただいた梶野徹先生に哀悼の意を表する。(イギリス、アメリカ留学時の話、とても面白かったです。合掌)
(令和5年4月号)