蒲原 宏
県立がんセンター新潟病院で同僚だった佐々木寿英さんは、美しい海の写真集も出版されている受賞歴も多いトップクラスの写真家でもある。海、山の愛好者の一人。新潟県医師会報882号(令和5年9月)の「防風林からの恵み」という随筆で6つほどの山野草、雑木からの恵みという自然食の醍醐味について触れられていた。
その中で第一に新芽の山椒味噌、第二に山椒若実のオリーブオイル漬けをあげられていた。
私は山椒のぴりりとした味は大好きで、家に山椒の木を2本ほど植えていて四季にその恵みを楽しんでいた時代もあった。
ケアハウスに投げ込まれている現在、もうその楽しみとその醍醐味を思い出の回想俳句で自らを慰めているしかない。
私の山椒の食べ方を紹介して佐々木さんに試していただきたい。そうゆう思いでペンを執った。
(1)山椒の若葉、若芽:
これは刺身のつま、味噌汁や吸物の香りに昔から使われているのは言うまでもない。冷凍にしておいて必要の時とかして使う。
(2)山椒の昆布佃煮:
山椒の若芽、花の蕾、花。ごく若い実を摘んで、これと板昆布を1~2mm×1~1.5cm位の小片としたものを土鍋で、上等な醬油をたっぷり入れて煮つめる自製の佃煮を作る。昆布は上等のものを使うに限る。「味の素」を小量入れてもよいが鰹節は使わない。弱火でじっくり(昔は焜炉で炭火が消えるまでじっくり煮つめた)焦がさない様に十分に注意することが必要である。
花芽の時に摘む際に、若葉も入るし、若枝の軟らかいのも入るが煮てしまうと全くわからなくなるからあまり気にする必要はない。
陶器の蓋物に入れて保存しておく。醬油黴が出ることもあるが、一寸火を入れるとよい。
食欲をそそり御飯がおいしく戴ける。
お茶漬の時に入れ、さらさらというのもよいがお弁当の飯にはさむも良し。海苔巻、お結びにも使うと便利で、おいしくいただける。
山椒の木は丈夫なので可成り荒っぽく採取しても枯れることはない。
実も混じることもあるし、わざと若い実を入れてぴりりとしたものを作ってもよい。我家では自家製の季節の珍味であった。
防風林では十二分に採取できるでしょうから大量に採取して試してみていただきたいと思う。
この山椒昆布佃煮は昔から兵庫県の有馬温泉の名物お土産の一つとして販売されてきていた。
少量でも可成り高価なお土産で、知る人ぞ知るの逸品として珍重されてきていた。
有馬温泉近くの地主の娘として育った家内の母は、その製造元に行って作り方を習っていた。
母の嫁ぎ先の名塩御坊の境内には山椒の木が古くから自生していたので、自作し、参詣した人に手土産としておあげして大変喜ばれていた。
筍の季節になると筍の佃煮と一緒に私の家内に送ってくれた。新潟に無い食文化の移入でもあった。
あまりおいしいので、我家にも幸い山椒があったから家内は実母の示指を受けて作るようになった。友人たちにも試食してもらったら大好評で長年面目をほどこしていた。友人の医師の奥さんも作るようになって久しいが、山椒の木も人も老齢化していった。家内から忰の嫁に伝授して上手に作るようになったが、嫁も75歳を過ぎるとさすがに億劫になったのか最近は食べさしてもらえなくなった。ケアハウスに投げ込まれた現在では幻の思い出となっている。それで米寿を過ぎても元気な佐々木さんに是非試していただきたいと勝手に思って筆を執った次第。
死ぬまでにもう一度味わってみたい。
(3)山椒の皮だけの佃煮:
山椒の木が老木になったり、枝切りをすると木の幹は燃やされるが、その前に枝の皮を剥ぎ、それから佃煮を作る。
山椒の木の皮は三層になっているが、用いるのは中央の皮。外側の荒い凸凹した外皮と、木幹の最内側の薄い皮は棄て、中間の一寸厚い皮をごく短い、細かな、いわゆる微塵切りにしたものを湯掻いた後に上等の醤油と微量の「味の素」を入れて土鍋でゆっくり煮つめると出来上がりである。
小壺に入れて冷保存し、日本酒のつまみに出すと食通、呑み通の人に喜ばれる。
ピリリと山椒特有の味が舌先におどる関西風の味と言える。
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山椒(Zanthoxylum piperitum)は生薬でもあり苦味チンキを作る。芳香性健胃剤となるのは成熟した果皮の乾燥したもので生薬の山椒であるがその未熟な頃の葉、芽、花、未熟の実、熟した実、枯れた枝の加工によって日本の食文化を結構楽しませてくれる。
たかが山椒、されど山椒である。
佐々木さんの一文によって忘れかけていた関西風のわが家の食文化の在りし日を思い出した。昔から食文化は女性の移住によって遠隔の地に伝わっていたようにも思えてならない。
佐々木さんは日々御多忙でしょうが、我家に伝えられた関西風というか、有馬温泉流の山椒の食べ方を試してみて下さい。
卒寿近くなられたが日々の診療に、また余暇には海に山に林にと山野を跋渉されておられるのを羨ましく思いながら一筆を献じてお願いしてみた次第である。
山椒の木は丈夫な植物なのでどんな瘦せ地でも育つ木で、鉢植えでも十分育つのでマンションのベランダでも生き生きと花と若芽をつけてくれます。水やりも簡単なので育てるのに手間がいりません。しかし青虫(蝶の幼虫)がつくことがありますが、別に消毒する必要はありません。
家庭栽培をおすすめしたい灌木のように思っております。
(令和6年1月号)