阿部 志郎
小学校2年生の頃、徳島県鳴門市の母の実家へ所用で出掛けた時だった。
新潟駅を昼過ぎに出発、大阪駅へ17時間後に到着する各駅停車の普通列車に乗車した。翌朝、ようやく大阪駅に着いたと思っている母に「もっと乗りたい」と言って驚かせた。その頃から、根っからの鉄道好きは始まっていたらしい。
蒸気機関車が北陸線のトンネルから海沿いの線路に顔を出したクレパス画が当時の夏休み・絵日記帳に残されている。そこには“トンネルを抜けると海だった”と書かれている。
医院開業の頃、国産鉄道模型会社KATOの特約店が新潟市内に2軒あることを知った。
ある日、その店のショーウィンドーを覗きに行った。屋根にパンタグラフ・前後の運転席は白く・濃紺車体の直流電気機関車・EF60を目にしたら、燻っていた鉄道への憧憬が私を鉄道模型の虜にした(Eは電気機関車、Fは車軸が6本の意味…Aから6番目)。
客車は濃紺の20系・特急形寝台客車5両としてブルートレインを走らせることにした。縮尺は1/80、軌間16.5ミリのモデルたちがHOゲージである。
車体は真鍮造りで重く、走行音は本物に近い。その分、高値ではあるが仕方ない。
診察室の真上・二階は約16畳程の広さで床は絨毯の院長室である。
夜間、昼の喧騒が嘘のように静まり返った院内を通り至福な時間を過ごすため部屋に入る。大きな楕円形に線路を敷き、電気機関車・EF60を先頭に5両の濃紺寝台車を連結する。ゆっくりとコントローラーを回すとEF・電気機関車はヘッドライトを光らせ、客車には室内灯がともる。さらにローラーを回すと列車はゆっくりと動きだし駅ホームから離れる。
カタンコトンと走行音を発しながら遠ざかるブルートレインを目で見送ると、最後尾の赤いテールランプが哀愁列車の雰囲気に変わってゆく。
楕円線路を周回してくる毎に同じシーンを何度も味わえるのは鉄道模型の利点である。
今度は部屋の電気を消して、別バージョンを味わってみる。
線路に沿って移動する列車の窓明りは車外に光を放ち、光の帯が暗闇で動き回る。
最後尾のテールランプがさようならと手を振っているように鮮やかに浮かび上がる。
部屋の南側は全面が嵌めこみガラスで、満月の夜などは月明りでさらに風情が増す。
親戚が関西方面なので、新潟発大阪行きの寝台特急電車“つるぎ”によく乗車した。
人気のない夜のプラットホームにブルートレインの客車は重厚な姿で待機していた。
車内は二段ベッドで片側に通路があり、誰の見送りもベル音もなく定刻に発車する。
寝静まった風景を窓辺で見ていると、時折踏切の警報音がカンカンと鳴りながら遠ざかる。
夜行列車特有の風情を味わいながら…ベッドに潜り込めば翌朝は目的地に到着だ。
そんな乗車体験への懐かしさで、真っ先にブルートレインを選定したのだ。
次に選んだのが…
車体が薄黄色で窓枠がオレンジ色のキハ58系急行形気動車だった。
このキハ形ディーゼル気動車は新潟駅8:30発名古屋行きの急行“赤倉”として、9時間かけて新潟県の日本海沿岸部から長野県・信濃の山間部を走り抜けていた。
関西方面へ向かう際、昼の経由コースとしてよく利用した。
柏崎駅からすぐそこに海岸線を眺めつつ、直江津駅から赤倉・妙高高原へ駆け上る。
長野駅から川中島駅を通過し山裾の傾斜をゆっくりと登り始める。ここからディーゼルエンジンが全開となると、夏では窓を解放してあるため重油の臭いが流れ込む。
スイッチバック方式の姥捨駅地点まで来ると川中島など善光寺平への眺望が開ける。
松本駅を通過し鳥居峠の分水嶺を越えると山深い木曾川の渓谷をひた走る。
木曽福島駅から上松駅では渓流の水面の淵に白い巨石“寝覚めの床”が目を楽しませる。
旧中仙道に沿い、鉄橋・トンネルを繰り返しながら列車は濃尾平野へと下ってゆく。
鉄道模型としてキハを走らせると、木曽路の風景・エンジン音・重油の臭いが彷彿と蘇る。
他の車両としては…
*東北本線の夜行寝台特急“はつかり”
*0系新幹線車両:昭和39年東京オリンピック開催にあわせ東京-新大阪・東海道新幹線が開通した。クリーム色の車体に団子鼻で愛嬌ある初代の新幹線である。
*貨物牽引のDE10ディーゼル機関車(オレンジ色に白線)JR貨物のコンテナ車両。
*ポニーの愛称で親しまれている蒸気機関車C11とスハ43系旧形客車
*115系急行形直流電車“みすず”
上記の思い出を含めた珠玉の車両をその時の気分にあわせて走らせている。
線路も延長して内回り・外回りと複線化した環状線を作り、そこへ懐かしい車両を選んで内側・外側で逆方向に走らせる。
線路脇に顔を近づけ、列車相互の迫力ある擦れ違いシーンを何度も楽しむ。
0系新幹線と蒸気機関車の擦れ違いシーンは、現実的にありえないので微笑ましい。
複数のポイントを使って分岐させた操作場に色々な列車を並べてコントラストを楽しむ。
自在に敷設した線路にコントローラー1つで列車を動かせるのは鉄道模型の醍醐味である。