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新潟市医師会報より

新潟市医師会

墓終いに思う

真柄 穎一

檀家-寺院の関係を絶った。信仰心を捨てたと言っているのでない。

2024年12月、墓終いの儀式が執り行われた。二基の墓が少し離れた場所にあり、一基はとても古く刻まれた文字は消え何れの時代のどの当主が建立したか判断出来ない。もう一基は1962年の祖父の手によるものだ。墓前に頭を垂れ祖先の声が聴きたかった。それが肯定的であったのか、それとも・・・。優しかった祖父の声が聞こえた気がしたが、その内容は判然としなかった。

祖父は大戦でその長男を失い、戦後の農地解放で広大な農地が接収されてしまった。その長女に生まれた長男を医師に育て、米国のthe Mayo Clinicで研修させようと本気で思っていたらしく、東京の私立の名門大学医学部に入学させるべくその付属小学校の入試を受けさせ、その小学校に断られた。同様に中学、高校もその門を閉ざした。その男は小・中・高・大学、全てに入学試験を受けることを許されたが、第一志望校は全てに断られた。第二志望の医学部に合格した時、その祖父は何の反応も示さなかった。落胆したのだろう。

後日、墓石業者から遺灰が届き、自宅の墓地にある医院開設100周年記念碑の基礎部分にある石室に納めた。檀家-寺院の関係が途絶え、肩の荷が降りた。宗教的抑制の結果生じたであろう閉塞感から解放され、自由な心で祖先と交流出来ると思った。今まで放置していた墓地を定期的に掃除するようになった。

何故その関係を絶ったのか。何故なら、一言で表せば、葬儀のためだけの宗教に疑念を持ち、それを持ちながら祖父母、両親を送った自分が悲しかったからだ。以前にも述べたから詳細は記さないが、母の葬儀は感動的だった。参列者は子、孫だけ。孫達は豪華な寿司折りを喜んだ。一人の僧の読経はあったが、家族だけで送るその心が本来の葬式の心なのだと気付いたことだ。

僕は今日まで、宗教の信仰内容が真理として公認され信仰上の教えとして言い表されたもの、に接したことがなかった。求めなかった自分に非があるが、葬儀に僧侶の存在が必要なのか。その存在がなくともそれは存在し得ると思った。COVID19の汎流行は日本人の心を大きく変化させた。後の世になりそれがどう影響したか判断されることだろう。

全ての日本人は信仰の自由があることを知っているだろう。しかし、多くの日本人は信仰心を持たないと感じる。球児が試合前にかつ丼を食べる、受験生が入試の前に絵馬を奉納する心が信仰心なら多くの日本人は信心深いと思うことだ。

人間の死について思うこと。

僕の死は誰にも知らせない(兄弟姉妹は別だ)。知らせなくてはならない人、親しい友人には、一か月後葉書きで知らせると良い。その知らせにより儀礼は保たれるし、余計な労力や金銭負担をかけなくとも済む。その結果、妻、子等も後始末が簡単で楽だ。

読経は不要。家族の別れの言葉だけが僕を黄泉に旅立たせるだろう。人間の葬儀に於いて(ペットもそうだと言う人がいても反論はしない)その送られる人格の、とうとく、おごそかで、おかしがたさが保たれるならばその葬式が成立すると思う。呪文は不要だと思いたいことだ。

健全な精神は健全なる身体に宿ると、ローマの詩人は述べた。

精神。心、たましい と辞書にある。心。人間の精神作用のもとになるもの 同辞書。精心という語は見当たらなかった。

健全な身体が滅びると精神も滅びる。三つ子の魂百まで。魂(心)は滅びない。(昔は百歳を永遠と思っただろうから)心と肉体が合わさった人間が死ぬと、その心と肉体は分断され、肉体は永遠に去り無に帰す。遺骨が存在し続けると信じる人も居るだろうが、稀に化石になって長期間存在することもあろうが、それは遺骨でない。石だ。火葬にしろ土葬、水葬、鳥葬、木乃伊等種々の方法で葬れば肉体は最小の微粒子になって残るだろうが、宇宙に散れば何れ限りなく零に近づく。

一方、心は残る。永遠に。考え得る如何なる方法を持って消し去ろうとしても決して消滅しない。たとえブラックホールに押し込めたにしても易易と存在するだろう。ある意味困った存在だ。その心が別の存在の尊厳に否定的に影響し続ければそれは困った存在としての心だと言えるのではないか。だから、僕は孤独であることを理想とする。誰も僕を支配出来ない。僕は誰をも支配しない。孤独で居れば、地球人口分の一の個を探しだすことは難しいだろうし、影響力もほぼ無に等しい。

言うまでもなく僕の心はたいした存在でない。へそ曲りの僕の心が無垢の心を持つ有能な個に入り込んだら大事件だけれど、僕の心は腐っていて簡単には移動出来ないちっぽけなものだから多分心配ない。孤独で居られる心が心の安らぎを生むのだ。孤独な個として家族と祖先と恩人を思う心を持ち続ける。矛盾した心と思われ、踏み躙られ、笑い飛ばされ、無視されればそれで本望だ。でも決してへこたれまい。

僕の葬に僧の存在は無用。読経は勿論、戒名、位牌は望まない。無意味な呪文で送られたくない。家族のさようならの一言を望む。ばいばい、アディオス、チャオも歓迎だ。

僕の僕なりの見劣りする安物の心であっても誰の力も借りずとも存在出来るのだ。

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