勝井 丈美
今どき侍といえばサッカーの「侍ジャパン」くらいしか人々の口に出ることはなくなった言葉だ。このフレーズは、今年の日本アカデミー賞最優秀作品賞と編集賞に輝いた『侍タイムスリッパー』の中での台詞だ。
『侍タイムスリッパー』は2023年10月に京都国際映画祭で初公開された。超低予算で作られた自主映画で、安田淳一監督は一人で脚本、編集、カメラマン等々11役もこなし、映画が完成した時には、預金残高が7千円だったそうだ。一時は、厳しい状況になり映画の完成をあきらめかけたこともあったとか。それでも、時代劇に思い入れのある撮影所関係者や俳優さんたちの「この脚本は面白いからやりたい」という熱意とチームワークが完成に導いた。最初は1映画館から始まり、少しずつ評判が広がって上映館が増えていった。この話自体がすでに、映画のようで面白い。
昨年公開された映画のベストテンを年始めにシネウインドが会員対象に募集するが、私は1位に『侍タイムスリッパー』を選んだ。投票結果は4位だったが、選んだ理由の私の短いコメントが会誌に掲載されたのは、ちょっと嬉しかった。幕末に刃を交わした会津藩士と長州藩士が別々に現代にタイムスリップしたという荒唐無稽の話なのだが、可笑しみ、悲しみ、苦しみ、人情、侍の生きざま、スリリングな殺陣、そして恋心と、上質なコメディだ。最後に観客をアッと言わせる監督の仕掛けがあり、また、先輩自主映画の『カメラをとめるな』へのオマージュが、映画の中に盛り込まれていて胸が熱くなる。
イオンシネマ新潟西で、2月に再上映が始まり、3月23日に2回目を見に行った。エンドロールで、切られ役俳優を全うし亡くなった福本清三氏へのオマージュと、大勢の切られ役俳優、ボランティアエキストラ全員、スタッフ全員の名前がでていたことに気がついて、また、胸が熱くなった。