浅井 忍
『国宝』は、任侠の世界で育った男が人間国宝に上り詰める話だが、じわじわ作品の魅力が世間に浸透していき、今現在、予想外のロングランを続けている。映画が独りで歩きだした感じだ。一般にはなじみが薄い歌舞伎がテーマである。監督の李相日は、『許されざる者』(2013年)、『悪人』(2010年)、『フラガール』(2006年)などを手掛けている。原作は吉田修一、上下巻合わせて800余ページの文庫本がベストセラーになっている。上映時間は2時間55分の長尺である。
話は長崎で始まる。やくざの抗争で喜久雄(黒川想矢)の父親が殺される。事件のあと幼馴染の春江(高畑充希)が見守るなか、喜久雄は背中にミミズクの刺青を入れる。父の仇とばかり相手の組長を襲うが、敢え無く失敗をする。
ここで喜久雄役は吉沢亮に代わる。喜久雄は父を亡くした後、上方歌舞伎の大御所の花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、生まれながらに将来を約束された御曹司の俊介(横浜流星)と出会う。生い立ちも才能も異なる二人だが、ライバルとして互いに高め合い、厳しい稽古をこなして、芸に青春をささげていく。そんな二人が興行師の目に留まり、売り出したところ、当たった。二人は評判を博し売れに売れ、遂には歌舞伎座で演じるほどになっていく。
半二郎の妻(寺島しのぶ)は、実の息子の俊介をないがしろにして喜久雄を優先する夫に愚痴を言うのだが、女形のセンスがずば抜けている喜久雄を選ぶのは半二郎にとって当然のことである。俊介は実力の差をまざまざ見せつけられて、耐えられなくなり出奔するのだった。それにしても、几帳面な生き様の喜久雄と、茶目っ気のある憎めない性格の俊介の対比が絶妙だ。
血筋と才能、歓喜と絶望、信頼と裏切り、多くの出会いと別れ、それらが渦巻いて作品を形作っている。映画を二度観てつくづく思った、抜群に面白い。
(令和7年10月号)