清水 敬三
40歳を過ぎた頃から、私は髪型を変えず、ベンケーシー型の白衣を着続け、診察スタイルもほとんど変えてこなかった。変えないことに、ある種の覚悟と自負がある。患者様にとって、医師の「変わらなさ」は安心の象徴でもあると信じてきた。
だが最近、診察室でふとした言葉に思考の流れが変わっていることに気付いた。
「先生、やめないですよね?」
「この注射、いつまで打てばいいんですか?」
そんな問いに、私は冗談めかしてこう答える。
「俺が死ぬまでな」
すると患者様は、なぜかニヤニヤと頷く。冗談と本気の境目を曖昧にしたまま、どこか納得したような顔をする。
このやりとりの中に、私は自分の「変わらなさ」が、いつしか「老い」と「終わり」の予感と結びついていることに気づく。変えないことが、いつしか「変えられないこと」になっていないか。患者様の問いは、私のスタイルそのものに対する問いかけなのかもしれない。
歳を重ねるにつれ、医師としてのスタイルを変えるべきなのか ─ それは単なる外見や所作の話ではない。診察室に漂う空気、言葉の選び方、沈黙の重み、それらすべてが、患者様との関係性を形づくる。
とはいえ、変えることが「若返り」ではなく、「柔らかさ」や「余白」を生むのなら、それは悪くない。変えないことに誇りを持ちつつ、変えることにも敬意を払う。そんな医師でありたい。
今日も私は、変わらぬ白衣を着て診察室に立つ。だが、患者様の問いに対する答えは、少しずつ変わっていくかもしれない。
川柳
注射あと 俺が死ぬまで と笑いけり
(令和8年1月号)