新津信愛病院
清水 敬三
フレッシュマンの頃、教授からこう言われた。
「精神科の治療の要点は、サボテンを育てるようにすべきだよ」
当時はその意味がよく分からなかった。サボテンは乾いた砂の上に黙って立っている植物だ。手間もいらず、放っておいても大丈夫、そんな印象しかなかった。だが教授は続けられた。「放置しておくのは以ての外だ。だが、水を与えすぎると、根腐れしてしまう」
なるほど、今ならよく分かる。診察で患者様に深く関わろうとするほど、どうしても“水をやり過ぎる”。励ましすぎたり、介入しすぎたり、安心を急ぎすぎたり。それで逆に、患者様の自然な回復力を損ねている。
それ以来、私は患者様を診察してから一週間は、特別なことがない限り、そっと見守るようにしている。焦らず、手を出さず、しかし決して忘れない。その距離感が難しく、同時に最も大切だと思う。だが、しかし実際は患者様の様子が気にかかる。夜中にふと「あの言葉で大丈夫だったか」と思い返すこともある。電話をしたい衝動に駆られる。だが、だが、しかしそのたびに自分を𠮟りつける。「お前は患者様を信じてないのか?根腐れさせてもいいのか」と。
沈黙の時間には、患者様自身の力が芽吹いてくる。焦って手を伸ばせば、その芽を折ってしまうかもしれない。そう思いながら、自らの“介入したい心”と静かに闘う。精神科医にとっての難しさは、治す技術よりも「待つ覚悟」にあるのだと思う。
医局の窓辺には、小さなサボテンが置かれている。ほとんど変わらない姿で、しかし確かに生きている。治療もまた、そうした「変わらない中の変化」を見つめ続ける営みなのだろう。
川柳
見守りて 水やる時を 風に聞く
(知足)
サボテンの 水栽培や 根一本