真柄 頴一
甲州のあるワイナリーから案内が届いた。S醸造所という古風な名がついている。
随分と以前、そこの嫡子氏に偶然出会ったのはフランスの有名なワイン産地だった。そのことは本誌に投稿した。
縁あって、その甲州の醸造所を訪れ、試飲した白ワインが印象に残った。その同じ品種(ぶどう:甲州)の同じグレードを注文した。
当時を彷彿させるワインが届いた。そのパッケージの中に、そこの試飲室で撮った、社長と家内と僕と、ズラリ並んだ好印象のワイングラスと、そこの醸造所で醸成された全てのワインのボトルが並んだ写真に感動した。多くの顧客の中の僕達夫婦のことを彼は覚えていた。何年も昔のことなのに。甲州の人達はきっとそういう人達なのだ。同じ医局の少し先輩で後に大きな仕事を成し遂げる人は、飾らず、後輩を気遣う偉い人だ。内シャントの達人でもある。やはり甲州の人だ。
蒸留酒も好きだ。cognac,armagnac,marc,calvados,grappa,whiskey,gin,tequila,vodka,rumなど。imo,kome,mugi,soba,kuriも良い。僕の棚には普及品ではあるが皆が僕を待っている。愛おしい奴等だが、僕のgammaGTはいつも擦れ擦れだ。
醸造酒。米、麦、ぶどう等を原料とする。清酒、紹興酒、ビール、ワインなど。甘味を感じる日本酒は苦手だが飲む(県産の酒米、亀の尾を用いた一部に限られる)。常々、ワインは赤いものと盲信している愚か者だから、甲州種の白ワインを除いて、白ワインを求めることは年に数回だ。ほぼ料理酒として消費される、そのついでに飲むようなものだ。甲州産の甲州種の白ワインは辛口で、しかし硬すぎず、適度の酸味で香り高く、旨味が深く上等だ。少し高価だが(日本産のワインはその傾向がある)優れている。間違いなく世界に出て行く力がある。
新潟の銘酒と言われる清酒から甘味を取り除く技術があれば多分、甲州種の白ワインに匹敵する酒が出来るのではないかと想像する。飽く迄個人の妄想だ。米糀を用いているのだから特有の香味がある。従ってその香味、旨味を残して甘味を除けば、清酒とは違う飲料となるだろうと考える。清酒としてその伝統を守ることは大切なことだ。他方、世界に出て行くために、別の特徴を持った日本酒を探る時が来ているのかも知れない。
真逆の白ワインがある。貴腐ワインだ。生産に手間取り、その産出量も僅かで高価だが極めて魅力的だ。
日本固有のワイン用ぶどうを用いた日本産ワインについて思うこと。
ぶどう、muscat bailey A(以下MBAと記す)は、1868年、新潟県高田生まれの川上善兵衛が、米国系baileyとヨーロッパ系muscat hamburgを交配し1931年に結実した生食用・ワイン醸造用の黒ぶどうである。2013年に国際ぶどう・ワイン機構(OIV:International Organisation of Vine and Wine)で承認された。この呼称については少しの経緯があるがここでは記さない。
ぶどう、甲州はvinifera系71.5%、EastAsia系野生種28.5%。大粒で人を惑わすような薄紫色。10月末に熟す晩生種。1300年前、東西交易と共に絹の道を経て日本に来た。甲州を中心に江戸時代以前から栽培されているという。2010年にOIVで承認された。
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ぶどう産地の特性を見極め、その特徴を引き出す。
産地には産地の土地、土質、気候風土、作り手の考え方があり、そしてまた、その地方の消費者の求める味がある。
他産地と同じ味を求めても意味がない。世界を目指しても一朝一夕には広まらず、進まない。銘醸地といわれる世界各地のワインを真似する必要は全くない。日本を銘醸地にするには、日本のそれの独創性を確保することが求められる。
ぶどう、甲州には近い将来、世界で認められるワインとなり得る確かな個性がある。
MBAに言えることは、確かな個性がある。ぶどうなのにcrushed berryの香りがある。そのフルーティーさをいかに生かすかが大切で、殺してしまってはMBAの存在価値を失ってしまうような気がする。
日本産の欧州系黒ぶどうで造る赤ワインとのブレンドで、良い赤ワインが作出されたらと熱望するが、時間がかかるだろう。MBAが誕生して間もなく100年にならんとするが、さらに100年はかかるはずだ。しかし、夢は膨らむ。自身をブレンダーにしてカベルネソーヴィニヨン、メルロー(ボックスワインでも安価なボトルワインでも良い)と、上越産のMBAを10%、20%、30%と工夫して混合してみた。期待していた味が得られたと思った。東京のソムリエに、そのことを得意げに話したら、そのことは承知していますと一蹴されてしまった。
欧州には、確固不抜の優れたワインが多く存在する。また、新世界にはその土地に即した良い品質のそれがある。中には欧州産に追い付いた、事に依ると追い越した気配をさえ感じるそれもある。この先100年、ワインの世界はどのように変化するのだろう。気候変動が関与するはずだ。造り手、消費者の意識の変化もあるだろう。
ローマ帝国の外征と共にぶどう栽培が広がり、各地に特有のワインが生まれた。このことから推察すると、これだけ長期間造り続けられたものが、大きく変化しないだろうと思うこともある。
祖父が買っておいたのだろうか、我が家には僕と同い年の1945年産の一本のボトルが、晴れの日を待っている。いつ、誰が抜栓するのだろう。
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スペイン語、始めました。
Soy un medico bobo.
A los bobos se les aparece la madre de Dios. 直訳、愚か者の前に神の母(Santa María)が現れる。“愚か者に福あれ”スペイン語の諺。
愚か者の僕の気持ちをそそる西語だ。