佐々木 壽英
新潟県立がんセンターへ赴任して10年が過ぎた頃、昼休みの雑談で「新潟がんセンターの胃がん手術成績を、我が国の最高レベルまで高めることが私の目標です」と言った。目の前で聞いていた赤井貞彦先生から「新参者が夢のようなことを軽率に口にすべきではない」と諭されてしまった。
新参者という言葉が自分に向けた言葉であることは分かっていた。「そんな個人的な問題でなく、がんセンター全体の成績のことを言ったのです。癌研は別格だが、国立がんセンターは新潟がんセンターより1年遅れてできた病院なのにナー」などと思っていた。しかし、赤井先生に向かって反論することはできなかった。
当時は、手術成績を施設別に比較することはタブーとされていた時代であった。
これまで、赤井先生の電気メスを駆使した無血手術を学び、癌研の梶谷環先生の手術を何回も見学しながら、技術を磨いてきていた。
胃がんの最善の治療は手術であり、その成績を上げるにはリンパ節の完全郭清が最も重要であると考えていた。胃がん2群リンパ節の完全な郭清術を確立し、更に遠隔の腹部大動脈周囲リンパ節転移の郭清にまで広げていた。
これら胃がんリンパ節郭清の手術手技に関する論文2篇を日本消化器外科学会誌に載せ、その手術手技を小冊子「胃がん手術のコツ」に纏めて、研修医の指導に利用していた。
その後も胃がん手術の技術を磨き続けて更に20年が経過し、定年が迫ってきていた。
私が、日本胃癌学会の企画委員会で「胃がん術後治療成績の施設別比較」を提案し、癌研究会附属病院副院長の中島聰總先生と日本大学医学部第三外科助教授の藤井先生との共同検討が始まった。
対象症例を1985年から1994年までの10年間に手術を行った全ての症例とし、主目的を胃壁深達度別術後5年生存率とした。正確性を重視するため対象症例の統計処理方法を胃がん取り扱い規約に従い厳密に同一とし、病院名は公表しないことを条件に入れた。そして、日本胃癌学会のシンポジウムとして一般公募を行った。
1999(平成11)年の6月、癌研究会附属病院中島聰總会長の第71回日本胃癌学会が東京ビッグサイトで開かれ、シンポジウム「医療施設別胃がん手術後治療成績の比較」が議論された。
このシンポジウムでは、私と日本大学の藤井先生と二人で総合司会を行った。
応募施設は、国立がんセンター、癌研附属病院をはじめとする18施設であった。
勿論、新潟県立がんセンターも応募し、薮崎裕先生が発表してくれた。発表した10年間の症例は、私と梨本篤先生が全ての手術に関与した時期の症例であった。
報告された胃がん症例数のトップは癌研附属病院2597例、2位国立がんセンター2578例で、新潟県立がんセンターは4位2343例であった。
最も注目を集めたのは、胃がん胃壁深達度(T1~T4)別の5年生存率であった(写真1)。
「T1」は早期胃がんであり、その手術成績は良好で、施設別に大差はみられないものである。
「T4」は外科医の腕を超えた遠隔転移が関係してくるため、検討の対象外である。
「T2」の中期がんは、がんが固有筋層と漿膜下層内に限局しており、リンパ節転移の郭清精度が5年生存率を決定する重要なグループである。
「T3」はがんが胃壁を貫通し漿膜にまで達している進行がんで、腹膜転移の可能性を排除できないが、リンパ節転移の郭清精度が5年生存率に大きく影響するグループである。
従って、T2とT3の5年生存率は、その施設で胃がん手術を行う外科医の技術を評価するうえで最も重要な指標となるものである。
このシンポジウムの総括を日本大学の藤井先生が論文として発表された。しかし、この論文は英文であり、しかも施設名がABC表記のため一般には知られず、忘れ去られる運命にあった。
しかし、意外なところから世間に大々的に知られることとなった。
学会の翌年2000(平成12)年8月6日の毎日新聞が一面のトップ記事に、「胃がん生存率に腕の差」、学会が手術成績調査、18施設で最大33ポイント、として公表した。そして、AからRまで18のアルファベット記載の病院名を特定し、実名入りで公表した(写真2)。
次いで、2000年9月24日発行のサンデー毎日は、表紙に「胃がん生存率がこんなに違う、学会が発表した衝撃データ!病院別手術成績」と載せて、4頁にわたって詳細に記載した(写真3)。
更に、サンデー毎日の編集部は、この発表で最も外科医の腕の差が分る胃がん壁深達度T2の5年生存率が高い順に実名で病院名を並べ替えて発表した。
それを、次頁に表示しておく(表)。
このT2グループの手術成績で、新潟県立がんセンターの5年生存率は78.9%で18病院中トップの成績であった。国立がんセンターは75.8%で3位、癌研附属病院は71.8%で9位となった。
そして、T3グルーブの5年生存率のトップは国立四国がんセンターの47.2%で、新潟県立がんセンターは42.3%で第2位、他施設は全て40%以下であった。
このT2部門の団体金メダル、T3部門の団体銀メダル獲得を赤井先生に報告したかったが、先生は既にT4の1人となられてしまっていた。
あれから30年近くが経過している。
近年、早期胃がんの大部分は内視鏡切除の時代になり、T1の手術例は減少しているであろう。しかし、T1の手術成績はもともと良好であり、問題とはならない。
進行胃がんの手術は腹腔鏡手術やダビンチ手術で進歩し、遺伝子組み換え抗がん剤などの進歩はT3やT4の生存率に影響するまでになっていることであろう。
これら手術や抗がん剤の進歩によって、T2とT3、更にはT4の手術成績はどのくらい進歩したであろうか。
術後10年経過した全症例の5年生存率は楽に算出できるであろう。
多数の胃がん手術を行なっている公的病院の外科医は胃壁深達度別5年生存率を算出して、有効な抗がん剤が無かった30年前の成績と比較してもらいたい。
施設全体の手術成績を自己評価するうえで、30年前のこの成績は基準値となるであろう。

写真1 胃がんの壁深達度

写真2 毎日新聞 2000年8月6日

写真3 サンデー毎日 2000年9月24日号

表 医療施設別の胃がん治療の成績(1985~1994年)