佐藤 雄一郎
その試合も、どの試合もバットの一振りで決まるものではない。ワールドベースボールクラシック準々決勝ベネズエラ戦の五回、二点差に迫られた。そして六回、逆転のスリーランホームランを浴びる。多くの人は、その一打を「勝敗を分けた場面」として記憶するだろう。しかし本当にそうだろうか。そこだけが場面ではない。日本代表は四回まで試合の主導権を握り、一度は流れを引き寄せた試合である。それでも試合は、五回、六回と連続する出来事の中で静かに変容していった。そして、敗戦後に必ず語られるのは「あの、、、、、、」である。
「あの場面での投手交代」
「あの配球」
「あの打席」
これらの議論には一つの共通点がある。すべての結果を知ったあとに語られていることである。心理学ではこれを「後知恵バイアス」と呼ぶ1)。結果を知った後では、別の選択肢がいかにも正しかったように見えてしまう。医療界でもそうであるが、この考え方は極めて慎重な取り扱いが必要とされる。医療事故を分析するとき、問われるのはもちろん結果であるが、それだけではない。
その時点で
どのような情報があり、
どのような判断が行われ、
どのような状況だったのか。
つまり、プロセスである。
結果だけを見れば、すべては「失敗」に見える。しかし、プロセスを見れば、その多くはその時点では合理的な判断であることが少なくない。では、この試合をプロセスとして見たとき、何が見えるだろうか。まず重要なのは、試合が「一つの出来事」で決まったわけではないという点である。五回に失点し、流れがわずかに揺らぐ。その直後の六回に逆転される。この二つの出来事は独立していない連続した一つの流れである。試合とは、常に連続する判断と出来事の積み重ね、そのどこか一つを切り取って敗因とすることは、本質を見誤る危険がある。ここで考えるべきは、「どの判断が正しかったか」ではない。どのようなプロセスの中で試合が変化したのかである。短期決戦の国際大会では、このプロセスがより強く結果に影響する。シーズンのように長い試合数があれば、個々のミスや偶然は平均化される。しかし短期大会では、一つ一つの出来事がそのまま結果に直結する。だからこそ、「一球で決まった試合」に見えてしまう。だが、実際には、そこに至るまでの過程が必ず存在する。この視点に立つと、今回の敗戦という結果は単なる一打の問題ではなく、試合の流れ、判断の連続性、状況の変化といったプロセスの積み重ねとして理解することができる。そして、この構造は野球に限った話ではない。医療の現場でも、事故は突然起きるわけではない。
複数の小さな要因が重なり、それまでの要因の繋がりがある瞬間に表面化する。その意味で、この試合は一つの示唆を与えてくれる。稀代の名捕手、野村克也氏は言う「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。そうなのである、野球における負けは、その時の突然のプレー、突然の一球で生まれるのではない。それまでの、長い長い、多様な要因が交絡してきたプロセスの中から生まれるのだろう。では、そのプロセスとは何か。なぜ、あの試合で日本は流れを失ったのか?なぜ試合はあの局面で変化したのか。次回は、代表チームという特殊な組織に注目し、「短期チーム」という構造からこの問題を考えてみたい。
参考文献
1)Fischhoff B. Hindsight is not equal to foresight: The effect of outcome knowledge on judgement under uncertainty
(令和8年4月号)