真柄 頴一
祖父母、両親、兄弟、従業員、愛玩の犬、猫、烏。人は皆忙しそうだった。一緒に入浴すると犬は喜び、烏はズボッと潜って浴槽の栓を抜いて遊んだ。僕が小学生の頃だ。家族全員が揃って食事をするのは正月だけだっただろうか。誕生祝などなかった。
中蒲原の片田舎に生まれ、自然は余りある程にあった。二階の大屋根で天を見れば深遠な天の川がゆったりと流れた。春の宵、遠くでふくろうが鳴き、真似て鳴くと返事が来る様な気がした。すぐ近くの松の木で営巣したから、二階の窓越しに巣の中が見え、巣立ちまで観察した。生まれたては、ギギーと、次第に声は大きくなり、巣立ちの後、親鳥が飛行を教えた。子ふくろうは好奇心いっぱいで、我々の夕食を覗きに来た。彼等は夜行性だから、一晩中飛び回っていたが、月明かりに映える、羽音を立てぬ、彼等の飛翔は見事。しかし、当時では普通のこと。楽しそうだとは思ったが、さして感慨に浸ることではなかった。フクロウ科の鳥は捕えた獲物を咀嚼せず丸呑みにし、消化出来ない歯、骨、毛などはpelletとして吐き出す。大きな杉の木の根元に落ちているのを今でも見かける。
今冬、夕食時、突然大きな鳥が窓に近づき、羽をばたつかせた。鳥インフルエンザに罹患した鶯が窓に衝突したかと思ったが、しかし、大きさが違う。種類は不明だがフクロウ科の鳥だったのだろう。小動物を狙って襲ったのだ。確認のため窓の内側から見たら、歩き、飛び去った。当地には未だ少しの自然が残っている様に感じられ、子供のころの情景が思い起こされとても嬉しかった。
当時の食卓は今ほど豊かではなかったが、家の周囲で僕が採った、のかんぞうの酢味噌和え、野生のみつばの卵とじは優しかった祖母が作ってくれた。塩鯖の焼き物と、あの昼食は、カワラヒワの囀りと共に、味も匂いも未だ実際の感覚として残っている。
自身であの味を再現出来るだろうか。
(令和4年8月号)