佐藤 舜也
窓の外の飛行場の上の空を見ていると、白いひつじ雲が少しずつ東へ流れて行く。それをぼんやり見ていると、子供の頃を思い出す。高積雲のひつじ雲は高天ヶ原の神様の集うところで、そこから天孫降臨が始まると聞いていた。眺めていると神様の降りて来るのが見えることもあるかと見上げていた。
でもこのようなのどかなことは長く続かなかった。小5の夏に戦争は終わった。その年はほとんど学校での勉強はなく、田植えや開墾などの勤労奉仕一色。6月からは飛んでいる飛行機に日本のものはなく、空襲警報なしに艦載機が飛んで来るようになった。飛行機の音を聞くとすぐに姿を隠さないと命の危険がある事態だった。のんびり飛行機を見上げることなど論外であった。一度だけ艦載機に追われて見知らぬ家の玄関に飛び込んだことがあった。機銃掃射の音がした。助かったという思いはしなかった。
あれから81年になる。幸いにも子供の時に死ぬこともなく命を全うしてきたので今の私がいる。イラクの子供たちのことをテレビでみるとあの頃の私である。あの中にも80年後に自分たちの過去を顧みる子供たちがいるであろう。その時今の子供らは何を思うだろうかと考えると寂しいものがある。生れた国によって変な理屈のもとに、死ななくてもよい命が奪われているこの現実を、後世に残った今の子供らはどのように感ずるだろうか。
80年後私が生きていないことは確かだが、イランという国、イスラエルという国が今のままで存在しているだろうかとも思う。今の日本で平和の有り難さをどのくらいの人が感覚として持っているだろうか。死ななくてもよい惜しい人を亡くしたと先輩医師たちが嘆いていた現実を、よその国の人たちがみていると思うのは辛いことである。
(令和8年4月号)