山本 光宏
私は長崎県立長崎西高校を卒業し、その後、長崎大学医学部を経て、縁あって新潟市内で開業しました。以来、25年以上が過ぎ、今では新潟が生活の拠点となっています。そんな中、母校が45年ぶりに甲子園出場を決めたという報に接し、遠く離れて暮らしていても、長崎西高校で過ごした日々と、あの夏の記憶が鮮やかによみがえりました。
1981年夏の甲子園で、長崎西高校は2回戦で名古屋電気高等学校、現在の愛工大名電高校と対戦しました。相手投手は工藤公康氏でした。この試合で工藤氏は無安打無得点試合を達成し、長崎西は0対4で敗れました。力の差を見せつけられた悔しさは、45年を経た今でも心に残っています。
工藤氏はその後、プロ野球界で投手としても監督としても大きな実績を残しました。さらに現在は、その長女である工藤遥加氏がプロゴルファーとして活躍しています。私自身、趣味でゴルフを続けていることもあり、工藤という名字に触れるたび、あの夏の甲子園を思い出してきました。
最近の報道では、工藤公康氏が長崎西高校を訪れ、練習用の金属バット2本を寄贈したと知りました。かつて甲子園で無安打無得点に抑えられた相手校に、時を経て励ましの気持ちが託されたことに、年月の重みと人の縁の不思議さを感じます。
人は、うれしかった出来事だけでなく、悔しさを強く感じた経験もまた、長く心に残るものなのだと思います。日々の診療でも、順調にいった症例以上に、苦慮した症例や思い通りにならなかった経験のほうが、深く記憶に刻まれることがあります。あの夏の敗戦も、私にとってはまさにその一つです。
今大会の初戦の相手は滋賀学園に決まりました。新潟の地からではありますが、卒業生の一人として、後輩たちの健闘を心から願い、声援を送りたいと思います。
(令和8年4月号)