浅井 忍
駅舎に隣接するホテルで行われた講演会は、質問時間を含めて7時ちょうどに終わった。隣の部屋に移動して、引き続いて行われた懇親会でビールを2杯ほど飲んでサンドイッチを摘んだ。会は続いていたが、数人と談笑したあと早めにお暇することにした。バスで帰ろうと駅舎のバス乗り場で浜浦町行きに並ぶと、バスはすぐにきた。時刻は7時半である。まだ完全には暗くなっていなかった。数日後に夏至を控えた土曜日である。私を含めて7人の客を乗せたバスはやがて発車した。
私が坐った席は運転手側の前から3番目で乗車口の真横の位置にあたる。乗車口のドアが開くと蒸し暑い空気がバスの中に流れてきた。バス停で停車するたびに数人が乗り込んできて、立っている人が多くなった。東大通りを過ぎ万代橋を渡って古町に着くと、多数が降りて代わりに5、6人が乗り込んできた。バスの中は立っている人はいなくなった。反対側に座った若い女性が履いているスニーカーが気になった。正確に言えばスニーカーのマークが気になったのだ。グレーのコンバースのパンプスタイプだ。しかしなにか違う。CONVERSEの「O」の字の輪に入っている星の形に違和感がある。星の形が歪んでいると思った。純正品ではないと勝手に決めた。
座席の右上の前方にある降車ボタンは、縁は黄色でボタンの色はオレンジである。黄色もオレンジも鮮やではない、どちらかと言うとくすんだ色合いである。はじめて降車ボタンをまじまじと見た。やがてバスは急なヘアピンカーブの坂を左に上って、西大畑坂上のバス停に着いた。バスが完全に停まってから席を立ち、用意していた硬貨を料金箱に入れて、前の乗客に続いて降りた。空は明るさがなくなっていた。海に向かって50メートルほど行くとわが家だ。海へは徒歩3分で行ける。
(令和8年4月号)