阿部 志郎
ある秋の日曜日、心ゆくまで眠りをむさぼり正午まえに起きた。
今日は、夕方5時よりりゅーとぴあで東京交響楽団によるブランデンブルグ協奏曲の演奏会があると妻より知らされていた。
チェンバロの生演奏は珍しいので是非聴きたいと思い会場の事務所に電話をしたら…
ラッキーなことに空席がまだ残っていた。
遅いブランチを喫茶店で終え、ゆっくりと新聞などを眺めていたら遅くなった。
開演時間の1時間前にりゅーとぴあの駐車場に到着したものの、もはや満車で入れない。
残念に思っていたら、駐車場入り口の誘導員が陸上競技場前の駐車場なら空きがあるかもとUターンさせてくれた。案の定、そこでは余裕をもって駐車できた。
りゅーとぴあまで階段や空中回廊を徒歩で約10分程度だが、運動には程よい距離だった。
会場に入り当日券の売場で示された座席地図はステージから遠く離れた所ばかりだった。
仕方なく、ステージから客席に向かって右手2階席縁のC席を選んだ。
演奏の準備で音合わせが始まり、憧れのハープシコードが運ばれてきた。
弦をハンマーで叩き大きな音の出るピアノと違って、ハープシコードは弦を引っ掻くので大きな会場では響きが小さい。なるべくハープシコードに近い場所がよいと思っていた。
幸いにも念願が叶い、席下の近くにそれは位置づけられた。
ブランデンブルグ協奏曲1、5、3、4番を順次、音量満杯のバロック音楽に浸れた。
19時終演となり、夜空のもと空中回廊や階段に気をつけながら駐車場に戻った。
そこには、暗闇に赤いテールランプと眩いヘッドライトが蠢く多数の車列があった。
帰宅を急ぐ車がこの広い駐車場を埋めつくしている。
自分の車に戻り、他車の動きをみていたが…20分程度も全く動きがない。
イライラして、車列の先端部分にある駐車場出口の料金精算機へ状況の視察にでかけた。
現場では隣の広い駐車場からの車列が優先され、こちら側の車列は進入できない。
さらに精算機機能の劣化なのか?丁寧な紙幣挿入をしないと返却され遅延が生じていた。
出車しているなら…まぁいいか~と思いつつ、車に戻り待つこと20分。
トイレに行きたくなり、りゅーとぴあへの暗い夜道を急ぎ足で向かった。
演奏会を終えたホールは閑散としており、勿体ないまでに照明だけが明々とついていた。
トイレ最中の消灯はいけないので、職員に閉館時間をきいたら22時だと言う。
ふたたび、夜道を足ばやに戻り待機していたが…車列は微動だにせず埒が明かない。
20時40分…りゅーとぴあはまだオープンなので、そこの事務室からこの駐車場管理室に電話連絡し精算機に補助整理員の派遣依頼を思いつき、再び夜道をりゅーとぴあへ…
同事務所の職員に実情を告げたら、管理区域が違うので連絡は難しいと言われた。
でも電話連絡したら通じた。私が直接、担当者に提案したら管轄が違うと渋られた。
同じ夜道を足ばやに戻ってみたら~駐車場の車列が動きをみせていた。
やがて私達の番になり出口の精算機に近づくと、その脇に整理員が順番に寄せて来る車の整理券を受け取り料金を徴収していた。先ほど“管轄違い”と電話口で言い放った担当官は親切にも、あの後すぐに現場へ一人派遣してくれたのである。暖かい配慮に感謝した。
約2時間半にわたり強制的に超過駐車させておきながら…割増料金を徴収とは問題だ。
危機的な車の“雪隠詰”からようやく脱出し、帰宅しての入浴で気も心もほぐれた。
しかし…まだ続きがあった。
寝床に入り20分したら、突然左足の“ふくらはぎ”に激痛が走った。
夜道を小走りで3往復したからである。万歩計は今日1日で約7000歩を記録していた。
随意筋が不随意に強烈な筋肉収縮を起こす“コムラガエリ”が今日最後の試練だった。
布団の中で、足の親指を引っ張って治そうとしたが…ダメだった。
ベッドから起き上がり10分程立っていたらおさまった。
これをもって、ハプニング続きの1日は終演を迎えた。
翌朝、同じ敷地内の県民会館に“さだまさしのライブ”があったと広報で知った。
どうりで、他の駐車場にも多くの車が押寄せ絶対数が増えていたわけだ。
振り返ってみれば、会場への初動の鈍さが一連の連動を狂わせたようだ。
世間では運勢というらしいが…客観的には必然、主観的には偶然と言うべきだろう。
原因が結果をそれが原因で結果を生む、時には思わぬ方向に行ってしまう事もある。
人の世の縮図をみたような1日だった。
(令和8年4月号)