阿部 志郎
『死ぬまでに学びたい5つの物理学』著者・山口栄一、発行所・筑摩書房
5年前、本屋で何気なくこの本に出会って、主題ではない原爆開発の源流を知った。
概略を述べてみます。(本書の175ページから一部を引用しています)
(第5章 神はサイコロを振る─量子力学 副題:原爆開発チームの指導者に…より)
1934年、ウランに中性子をぶつけると別の物質に変わることを、イタリアのエンリコ・フェルミ(1901~1954)が実験的にみつけた。
そこでマックス・プランク(エネルギー量子仮説の提唱者)の下で研究をしていたオットー・ハーン(1879~1968)とユダヤ人のリーゼ・マイトナー(1878~1968)はその解明に取り組みます。しかし、ナチスによるユダヤ狩りでいよいよ命の危険が迫った1938年にマイトナーはスウェーデンへの亡命を余儀なくされます。
その同じ年にオットー・ハーンはウランに中性子をぶつける実験でバリウムができることを発見し、スウェーデンにいるマイトナーに“何がおきたのだろう”と相談した。
マイトナーは核分裂反応が起きているとともに、核分裂のときに失われた質量がエネルギーに変換されることを示唆します。彼女のアイデアはこうです。
1936年 ボーアは原子核に関する液滴モデルを提案していました。
つまり、陽子と中性子が集まってできた原子核は水滴のように表面張力で形を保っているモデルです。そこに中性子が衝突するとどうなるか…マイトナーは考えます。
一つの原子核が二つに分裂して二つの液滴になるのかもしれない。
彼女は計算を進め“1gウラン235あたり82GJ(ギガジュール)のエネルギーが生成される”という結論を得ました。
一方、実験で得られた二つの原子核の質量を足すと、ウラン235の質量より軽くなっています。この軽くなった質量をE=mc2でエネルギーに換算すると、ちょうど1gあたり82GJ。こうしてウランによる原子爆弾の可能性がマイトナーによって発見されたのです。(このとき、初めて核分裂の言葉が使われました)
マイトナーからの知らせは、ボーアを通じて全世界に伝わりました。
ただちに、イギリスは原爆を作るためにマイトナーを招聘。
しかし、その依頼をマイトナーは断固として拒否しました。
1945年アメリカが広島と長崎に原爆を落としたというニュースを聞いたときには、彼女はくずれるように悶え苦しみ、核分裂反応を発見した自分を呪います。
そして、その7年後には一切の研究を絶ちました。
折しも、第二次世界大戦の対抗勢力は強力な破壊兵器の開発に躍起になっており、時代の求めに応じた物理学・量子力学の発見がタイミングよく合致した結果だと思われます。
ハーンからこのニュースを得たナチスはすぐに原爆開発チームを編成し、量子力学の創始者・ハイゼルベルグに理論的な指導者としての役割を与えます。しかし、ヒトラーに原子爆弾を委ねるのは危険と判断し“原理的には可能だが膨大な費用と時間を要する”と答えて一種の足踏み状態にした。彼はボーアを訪ね“物理学者が戦時中にウラン問題に身を捧げることは正しいかどうか”と悩みを相談した。結局、ナチス・ドイツによる原爆開発を結果的に阻止したが、世界中からその社会的責任を問われた最初の科学者となった。
彼は原爆を本気で作ろうとするのは狂気の沙汰だと思っていたが、アメリカの原爆開発計画(マンハッタン計画)に参画し本当に作ってしまったアメリカのロバート・オッペンハイマー(1904~1967)を強く批判した。オッペンハイマーは核兵器開発者でアメリカへの愛国心につき動かされ国家戦略に荷担した政治家だが純粋な科学者ではない。科学者が好奇心の赴くままに研究に没頭すればいい時代は終りを告げ、科学者は自らの研究に対する社会的責任を厳しく問われるようになったのです。
根源的にはマイトナーの核分裂の発見を世界中に公表したボーアやハーンが主犯格です。マイトナーはスウェーデンで世界初の原子炉の研究もしており平和利用に貢献しています。しかし1944年のノーベル化学賞はハーン単独で授与され、マイトナーにはなかった。後年、委員会はノーベル賞の替わりに彼女の名前に因んだ元素番号109番をマイトネリウムと命名しノーベル賞以上の高い評価を彼女に授与した。
イギリス・ロンドン郊外・プラムレーにリーゼ・マイトナーの墓がある。
墓の下の方には、ほとんど消えかけた字で人間性を決して失わなかった物理学者
A physicist who never lost her humanity と彫られている。
近年は特に…核戦争への危機が迫っているように思えます。
敵対する国々が威嚇のために大量破壊兵器の生産をしていますが、大量破壊兵器が使用されれば、自国民だけ生き延びるのは不可能です。
大量な核兵器の使用は“核の冬”を誘導し、地球全体が異常気候に襲われるからです。
“死なば、諸共”と考えるべきであり、独り占めは幻想と自覚すべきです。
実際に使用しない単なる威嚇ならば、大量生産は不経済で意味のないものです。
地球は誰のものでもないので、占領しても永続はできません。
世界的な核戦争が勃発した場合の科学的根拠に基づいたプロモーションビデオでも製作して、各国の指導者に閲覧していただき、核兵器の実戦使用は自殺行為と認識してほしい。
補足:2026年1月25日(日)朝日新聞 23面 Newton×朝日新聞
副題 1938年 ウラン核分裂の発見求めたのは“ウランより重い新元素”だが、中性子をあてたら原子核は分裂した。
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(令和8年5月号)