山本 光宏
最近、初期研修を終えると、そのまま美容外科へ進む医師が増えたと言われます。実際、学会や医師同士の会話の中でも、若い医師が美容外科への進路を考えているという話を耳にする機会は以前より増えました。初期研修後にそのまま美容外科へ進む、いわゆる直美です。
この言葉は、いまや説明なしでも通じるほど広まりました。それだけ、この現象が珍しいものではなくなったということでしょう。私は、直美現象を若い医師だけの問題として片づけてよいのか、疑問を感じています。若い医師が美容外科に関心を持つこと自体は、医療の変化の中で生じている一つの流れともいえます。自由診療には、外から見て分かりやすい魅力があります。
多くの美容外科クリニックでは、病棟管理や当直がなく、働き方を調整しやすい面があります。
また、診療の成果が収入に反映されやすいことも、若い医師には分かりやすい魅力に映るのかもしれません。保険診療の現場で疲弊感が強まる中、若い医師がそこに魅力を感じるのは、ある意味で自然なことかもしれません。
しかし、美容外科は、外から見える印象だけでは語れない医療です。
簡単に見える治療ほど難しい
美容外科では、治療の変化が比較的早い段階で顔や体の変化として現れます。
腫れが出れば不安になります。左右差があれば不満になります。思っていた仕上がりと違えば、たとえ医学的に大きな問題がなくても、患者さんにとっては失敗と受け止められることがあります。
二重埋没法、しわ治療に対するボツリヌストキシン注射やヒアルロン酸注入、レーザー治療、医療脱毛などは、外から見れば短時間で終わる処置に見えるかもしれません。しかし、こうした治療ほど、適応の判断と事前の説明が難しいのです。
二重であれば、術後の腫れ、左右差、後戻りがあります。ヒアルロン酸注入であれば、形の違和感だけでなく、まれではあっても血流障害という重い合併症があります。レーザーであれば、赤み、色素沈着、瘢痕のリスクがあります。脱毛であっても、熱傷や硬毛化の問題があります。
患者さんは、治療が終わるとすぐ、腫れや左右差、仕上がりを見て評価し始めます。しかし医師から見ると、多くはまだ経過観察の段階です。患者さんの受け止め方と医師の見方に差があることが、不安や不満につながることがあります。
ただ、その不安は、単に見た目をよくしたいという希望だけから生まれるものではありません。日常生活の中で、長く抱えてきた悩みが背景にあることも少なくありません。
治療によって、日常生活が少し楽になる。人前に出やすくなる。長く抱えてきた悩みが少し軽くなる。美容医療の現場では、そうした変化を何度も見てきました。
その一方で、美容外科の怖さも感じてきました。
美容外科で問われる、やらない判断
患者さんは、強い悩みや不安を抱えて来院します。医師から見ればわずかな左右差でも、患者さんにとっては大きな悩みであることがあります。鏡を見るたびに気になる。人前に出ることに自信が持てなくなる。
美容外科では、そうした患者さんの感情にも向き合う必要があります。
だから、美容外科で必要なのは、手技だけではありません。どこまで適応があるかを見極め、無理な希望には応じない判断も必要になります。むしろ、そうしたやらない判断の方が難しいと感じます。
希望が強くても、適応がなければ断る。仕上がりへの期待が現実と離れていれば、その限界を丁寧に説明する。リスクを軽く見ている患者さんには、起こりうる経過や合併症を具体的に伝える。
今すぐ治療をすれば収益にはなりますが、あとで患者さんにも医師にも負担が残ると考えれば、踏みとどまる判断も必要です。これは簡単なことではありません。自由診療では、患者さん自身が強い希望を持って来院します。その希望を前にして、あえて治療しないと判断するには、経験と覚悟が必要です。
私が直美現象で一番気になるのは、若い医師が美容外科を選ぶこと自体ではありません。問題は、十分な教育を受けず、相談できる体制もないまま、患者さんの期待や不満に直接向き合う現場に立ってしまうことです。
直美現象に問われる教育体制
適応は誰が判断するのか。迷ったときに誰に相談できるのか。合併症が起きたとき、誰が最後まで診るのか。他院や他科への紹介は円滑にできるのか。
手術をしてよいかどうかの判断や、合併症が起きたときの対応は、若い医師一人で背負えるものではありません。経験の浅い医師ほど、相談できる先輩医師や、合併症が起きたときに一緒に対応してくれる医師や医療機関とのつながりが必要です。
特に地方では、患者さんとの距離が近く、治療結果や経過に長く向き合うことになります。そのため、必要に応じて他院・他科と連携できる流れも重要になります。
美容外科の難しさは、うまくいかなかったときに現れる
保険診療の現場には疲弊があります。自由診療の世界には華やかさがあります。SNSや広告では成功例が目立ちます。短時間で変化が出て、感謝され、収入にも反映されるように見える。そこだけを見れば、若い医師が惹かれるのは当然かもしれません。
しかし、美容外科は、うまくいった症例だけで成り立つ医療ではありません。腫れが長引いたとき。左右差を訴えられたとき。説明したはずのリスクが、患者さんには十分に伝わっていなかったと分かったとき。合併症が起きたとき。患者さんが不安で何度も受診するとき。
もちろん、こうした場面は保険診療にもあります。ただ、美容外科では、見た目の変化や満足度が治療結果に直結しやすいため、患者さんの不安や不満がより表面化しやすいのです。そのときに逃げずに向き合えるか。そこに美容外科医としての本当の力が問われます。
直美現象から見える美容医療の責任
華やかな広告や術前術後写真の裏側には、地味な説明、慎重な適応判断、長い経過観察、そして合併症への備えがあります。簡単に見える治療ほど、あとから対応が難しくなることがあります。短時間で終わる治療ほど、患者さんの期待とのずれが大きくなることがあります。
直美現象を考えるとき、若い医師を責めるだけでは何も解決しません。美容外科に進む医師には、手技だけでなく、適応判断、説明、合併症対応、そして最後まで患者さんを診る姿勢が求められます。
美容外科に進むこと自体が悪いのではありません。ただし、十分な経験を積まないまま、治療結果が目に見える形で問われる現場に立つことは、患者さんにとっても医師にとっても危うさがあります。
直美現象は、若い医師個人の進路選択だけの問題ではありません。美容外科を志す医師への教育や支援をどうするのか。そして患者さんの安全をどう守るのか。私たち医療側も考える必要があるのだと思います。
次回は、美容外科医になるためには本当に資格が必要ないのか、日本の制度と教育体制について考えてみたいと思います。
(令和8年6月号)