大滝 一
はじめに
認知症は現代日本における大きな社会問題であるが、さらなる高齢化による患者の増加は、治療と対応に関わる医療界に限らず、財政面など各自治体を含めた国全体の問題であり、我々一般住民にとっても日常生活に直接重くのしかかってくる喫緊の課題となっている。
認知症、うつ病、一人暮らしと難聴
認知症とうつ病は、その発症において関連性があり、この二つの疾病が特に一人暮らしの中高年者に発症しやすいことが明らかになっている。また難聴があると、認知症、うつ病ともに正常聴力の健聴者と比べ2~3倍の発症頻度となることも分かっている。その結果として、中高年者において、一人暮らしで難聴がある場合、同居人がいる健聴者に比べて認知症、うつ病の発症率は明らかに高くなる。
二つの疾患の発症にかかわる大きな要因として、上述のごとく、一人暮らし、中高年、難聴があり、その中で年齢は無理として、対処可能と思われるのは一人暮らしと難聴である。しかし、一人暮らしは、家族や個人の様々な要因が複雑に絡みあっており、その改善・対策は容易ではないと思われる。もう一つの難聴については、難聴自体の改善は困難であるが、自治体が本腰を入れれば比較的低予算で実施できる有効で、費用対効果の高い方策があると私は考えている。
認知症に関する画期的な報告
世界5大医学雑誌の一つであるイギリスの『Lancet』が、2017年に認知症の65%は発症を予防できないが、35%は予防可能と発表した。その35%の内容をみると「45歳から65歳までの難聴」の率が最も高く9%となっている。この年代の難聴者において補聴器をもって聴力を補うことで、全認知症の9%、11人に1人は認知症の発症を予防できる可能性がある、ということである。
データ
厚生労働省の発表では2015年時点の認知症患者数は525万人、2014年にうつ病・躁うつ病で医療機関を受診した患者総数は112万人と報告されている。認知症は年齢と共に増加し、うつ病は40代から60代に多いことが分かっている。また日本における年間自殺者数はここ数年2万人以上で、うつ病による自殺者数はそのうちの3割、6千人となっている。
ここで新潟市の2015年の国勢調査の結果をみると、50歳~69歳の一人暮らしの人数は約2万7千人で、この年代における難聴者は11%とされ、新潟市では約3,000人と推定される。
成人における難聴の程度別頻度は、軽度難聴が約7割、中等度難聴が2割、高度難聴が1割とされている。身体障がい者となる高度難聴者を除き、日常生活に支障をきたす中等度難聴者は年齢も考慮すると3,000人の2~3割と考えられ概ね600~900人と推計される。
ここで、一人暮らしの中高年の中等度難聴者に補聴器購入の助成がなされると仮定する。この助成を希望する人数は、日本においては、いまだに補聴器を毛嫌いする人も多く、また「困っていない」と思っている人も少なくないと考えられることから、600~900人の3割から多くて7割の約200~600人と思われる。
補聴器購入費用の助成について
補聴器購入に関しては、高度難聴者には全国で年齢に関係なく身体障がい者として購入費用の9割が助成されている。また、18歳未満の軽度中等度難聴者には医師の判断により県や市町村から助成がなされるところがほとんどである。
また、高齢者については認知症予防と防犯の観点から、東京都の新宿区や大田区、さらには北名古屋市では、65歳以上、もしくは70歳以上の難聴者に補聴器購入費用を助成しているところがある。助成の内容は自治体によって異なっている。全国をみるとこのように高齢者に助成しているところもあるが、今後は一歩先んじて、50~60歳代の中高年を対象として助成を積極的に推し進めることが、認知症、うつ病発症予防と自殺者減に繫がると思われる。
この年代の難聴者が補聴器を着けない場合は、前述のごとく健聴者の2~3倍認知症になるが、補聴器を着けた場合は認知度の進み具合に健聴者と差はなかったとのことである。
また、補聴器を着けることでコミュニケーションが上手くいくようになり、うつ病の発症率が低下することも分かっている。特に一人暮らしの中高年者ではその傾向は強くなると思われる。
具体的な助成方法
助成を行う初年度の実質人数は200~600人と推計されるが、中等度難聴であれば、5~7万円程度の一般的な耳掛型の補聴器で十分対応できると考えられる。
1回のみ全額助成すると約1,000万円から4,000万円、一律に1回のみ5万円の助成となると1,000万円から3,000万円の試算となる。
助成以降の対応をどうするか、補聴器の耐用年数をどう考えるかなど、多くの点で検討する必要はあるが、まず1回助成して、補聴器の良さ、有難さ、有用性を知っていただくことも極めて大事であると思われる。
まとめ
認知症、うつ病は一人暮らしの中高年者で発症率も高く、そこに難聴が加わると、さらに高率となることが分かっている。その対策として、イギリスの医学雑誌の報告にもあるように、この難聴への対処がかなり大事になってくる。補聴器を着けることで、認知症、うつ病はある程度予防できるのである。そのためにも、新潟市が先見の明を持って、全国に先駆けて対応策を練ってほしいと切に願っている。
患者さん自身のため、患者さんを見守る多くの地域住民のため、そして自治体と国全体のためにも、新潟発として全国でぜひとも検討していただきたい事案である。
(令和元年5月号)