山本 泰明
メンタルヘルスケアが必要な妊産婦の数は、全国で年間約4万人(全妊産婦の4%)
2005~14年の10年間に東京23区で発生した妊産婦異状死89例中、63例が自殺(妊娠中23例、産褥1年未満40例)と報告されました。全国の妊産婦死亡率/100,000出生は2.78(2014年)ですが、うち自殺による死亡率は8.7と、大幅に高くなっています。
人口動態統計でも、2015~16年の妊娠において、産後1年未満の死亡件数357例中、自殺は102例とトップです。出産後1年間、子どもの月齢に偏りなく発生していますが、自殺する妊産婦の属性としては35歳以上が最多で、初産、無職といった傾向もみられました。
厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第14次報告)」では、2016年4月1日から2017年3月31日までの間の、子ども虐待による死亡事例は全国で77件起こっており、このうち心中が28件、心中以外の虐待死は49件。死亡した子供の年齢は0歳が32件で最多、うち月齢0か月が16件と半数を占めます。その加害者は実母が30件、実母と実父が共謀してのケースが8件と、大変ショッキングなものでした。
2015年、日本産婦人科医会研究班は、メンタルヘルスケアを必要とする妊産婦の割合を明らかにし、今後の支援につなげることを目的に、分娩取扱2,453施設を対象にアンケート調査を実施しました。回答の得られた1,073施設(回収率44.0%)によると、1か月間の分娩数38,895件のうち、メンタルヘルスケアが必要と考えられた妊婦は1,551人(4%)。全国の年間分娩数は約100万人であり、この割合を当てはめると約4万人に相当し、支援が必要な妊産婦がいかに多数存在するかがわかります。
メンタルヘルスに介入が必要と考えられた理由は、「精神疾患の診断を受けていた」が29.6%。うち17.8%が薬物治療を受けており、「精神疾患の既往があった」が25.4%、「抑うつ・精神不安の疑いがあった」が38.4%でした。また、そのような明らかな精神疾患の既往がなくてもメンタルヘルスケアが必要と考えられた妊産婦は24.6%でした。
背景となる妊産婦の家庭や生活環境としては、「結婚していない」18.1%、「貧困など生活面の問題がある」15.0%、「両親の離婚」11.7%、「実母と折り合いが悪い」11.3%、「夫との葛藤がある」10.8%などが上位に並びます。
精神科での治療歴がある場合、いったんは改善しても周産期、特に産後に再発の可能性は高まります。妊娠を契機に「治療薬は使用しない方がよい」と自己判断し、治療を中断するケースも少なくありません。産後は育児のため睡眠不足となり、症状が悪化して育児放棄・虐待・自殺などのリスクが高まるといわれています。また、若い世代の予期せぬ妊娠、核家族化などで相談できる人がいない、サポートが得られず孤立した状態での妊娠・出産、さらには貧困など、妊産婦の環境に生活困難な要素が見受けられる場合、多くのケースでメンタルヘルスケアが必要と考えられます。
女性にとって妊娠・出産・育児は、ライフサイクルにおけるもっとも複雑なイベントです。特に出産したばかりの女性は、精神障害発症の脆弱性を持ちやすいといえます。よく耳にする「マタニティーブルー」は出産直後の女性に大変多く見受けられる症状で、典型的には2~3日間(最長2週間)で比較的軽度のうちに回復するのに対し、出産女性の10~15%に起こる「産後うつ」は、2週間を超えて持続するため、日常生活や育児に多大な支障を来たし、自殺および虐待死のリスクが上昇します。
妊娠・出産を契機に生じる母親のメンタルヘルスの問題は、育児不安にとどまらず、母性喪失、育児ノイローゼ、育児放棄、児童虐待に直結します。乳幼児期の体験は、子どもの脳の発達にもさまざまな悪影響を与える可能性があるという報告もあります。最悪のケースでは自殺、心中、虐待死などにつながりかねず、現状は待ったなしの深刻な問題です。
今後の周産期医療は、母と子の「命」だけではなく「心」を守ることにも目を向けていく必要があります。新潟市としても、これまでの妊婦健康診査、産後一か月健診に加え、妊娠中からメンタルケアを必要とする人を見逃さないよう、さまざまな「気づく」ための仕組みを検討しなくてはなりません。具体的には、産後2週間健診などで「エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)」等を用いたスクリーニングの充実などが考えられます。精神科や小児科、地域の保健所などと妊産婦の情報を共有して、いかに密に連携していくかが、今後の重要な課題となります。
(令和元年8月号)