細野 浩之
ここ数年、高額な医薬品に関する話題をよく目にします。少し前は「オプジーボ」が話題になりました。そして「キイトルーダ」「キムリア」が出てきました。薬価は年間または一回で数千万円。これら薬剤の効果は非常に高いものであるのはわかるのですが、薬価については、個人的には投与した人の多数を治癒させるわけでなく、投与した何割かの人の腫瘍を縮小させる効果にかかる対価としてはちょっと?という値段と思います。日本では高額医療費制度があるので一定額以上は定額になるのですが、一定額以上の差額分を払う国は、国民のために自腹を払っているわけで、回り回って、税金を払っている我々が自腹で負担しているわけです。このような高額薬価の薬剤が次々と出現してくるわけですので今後はこれらの薬価について、どうしてこの値段になるのか、またどのような人に投与すべきか、もっと勉強して議論を深めていかなければならないと考えます。
新しい薬の薬価がどんどん上昇する中、今回は、薬剤をもっと使わない医療、生活習慣改善について、高血圧症を例に少し考えてみました。医療費全体の中で薬剤費がどれくらいの割合を占めているのかを見てみます。国民医療費は約42.2兆円でそのうち、外来で処方している薬局調剤医療費は約7兆6000万円で全体の18%程度もあります。薬効別の内服薬で総額が最も大きいのは循環器用薬(血圧降下剤、高脂血症用剤など)で9800億円程度、血圧降下剤だけでも4000億円程度が使用されています。高血圧症一つの疾患に対しても多額の薬剤費が使われているのが分かります。
『高血圧治療ガイドライン2019』では大きな変更点として降圧目標値を75歳未満の成人の場合、130/80mmHg未満と厳格化しました。75歳以上の高齢者も降圧目標は140/90mmHg未満とより強化され、併存疾患がある場合は130/80mmHg未満を目指すこととされました。ただ高血圧と診断される基準値は従来通り140/90mmHg以上で変わっていません。治療目標を強化・厳格化するということは、より多くの降圧剤をつかうべき人が増える、降圧剤を必要とする人が増えることを意味します。しかし、ガイドラインをよく読むと、高血圧対策として、医療機関や学会のみならず、行政や産業界まで含めた社会全体での積極的な取り組みの必要性が強調されています。決して、薬の使用量を増やして血圧を下げようとしているわけではありません。
高血圧の治療では、日本人の食生活の大きな特徴である食塩摂取量の多さが問題に挙げられます。日本人の食塩摂取量は徐々に減ってきているものの、平均値は10.0g(男性11.0g、女性9.2g)となっていて目標値である男性8g、女性7gには到達していません。そこで、行政による健康教育や医療政策、マスコミによる正確な情報発信や市民啓発、産業界による低塩食品の推進などが求められてきます。国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所が公表している資料に食塩摂取源となっている加工食品として「カップめん」(カップヌードル1杯には5.1gの食塩)「インスタントラーメン」「梅干し」「高菜の漬物」「きゅうりの漬物」「辛子明太子」「塩さば」などが挙げられています。また日本高血圧学会は、食塩含有量の少ない食品のリストも作成しています。2019年4月現在、33社201製品が掲載されています。しかしリストを挙げて啓蒙するだけで実際に塩分含有量を下げさせる実行というところまではできていません。ようやく一部の企業で減塩の目標がたてられているところもある程度です。関連する産業界の減塩への取り組みに協力が必要なのです。
イギリスでは、プロジェクトに携わった塩と健康に関する国民運動(CASH)が、国と食品業界の両方に働きかけ、国が旗振り役となって食品業界に対し商品の塩分削減の自主目標を設定させました。実際に塩分摂取量の10%削減を達成させ、医療費も年間2600億円減少させることに成功しています。どのようにやっていったのかというと、当初、塩を減らせば味が落ちると企業は抵抗しましたが、人は6週間で薄味に慣れるという研究結果に基づき少しずつ時間をかけて段階的に減らすという方法を示しました。パン業界には「3年間で100g当たり1.0gに減らす」という減塩目標を設定させ、同様にチーズ1.7g、ポテトチップス1.5g、ケチャップ1.8gと商品ごとに目標を定めて、次々と達成していったのだそうです。段階的に減塩したため、消費者は減塩に全く気づかなかったそうです。
実際に2000年ごろから実行に移され、食塩摂取量は2000年に11.0gだったものが2011年には9.4gに減少しました。その結果2003年からの9年間で最高血圧が3mmHg(約2%)下がり、心筋梗塞と脳卒中による死亡はともに約4割も減少したとのことです。そして毎年2600億円もの医療費の削減につながったといいます。現在、イギリスでは、減塩プロジェクトの経験を活かして、砂糖の消費量を減らす試みが行われているとのことです。
日本で同じように減塩を行っても、これだけの効果が出るかはわかりません。しかし日本も減塩に対して、産業界、企業を巻き込み取り組んでいくことができればと考えます。食品の塩分含有量の表示、啓蒙だけでなく、一歩進み実際にすべての食品の減塩が少しずつでも実行できることが望ましいと考えます。それが、医療費削減、薬剤費削減につながるのではないかと考えます。その分の薬剤費が、今後、新しく開発されてくる新薬使用に少しでも回せられればと考えます。
(令和元年9月号)