細野 浩之
自転車ロードレースの頂点ツール・ド・フランスは、ツールの愛称で親しまれ、オリンピックやサッカーワールドカップに次いで世界でも人気のあるスポーツイベントの一つです。約35億人がテレビで観戦し、沿道では1000万人以上の観客が声援を送る。21日間、パリ・シャンゼリゼを目指しフランス全土をめぐり、3500kmにも及ぶ長い戦いが行われる。とてつもない規模のスポーツイベントです。日本ではあまり知名度がなく、どんな規模なのかとピンとこない人も多いと思います。そんな時に私が例に挙げるのが、正月三が日に2日間にわたり沿道に100万人以上の大観衆が声援を送る「箱根駅伝」です。その熱狂が21日間にわたり一筆書きに全国を巡ることを想像してみてください。さまざまな感染症対策とともに、ツールが挑んだコロナとの戦いは、コロナ禍の大イベント開催という点で、一つの指針となったのではないかと思います。
コロナに対してどのような対策とルールのもと、行われたのか?大会主催者が無から作り上げた基本方針は、外部から隔離した空間である「バブル」を作ることでした。(1)選手・スタッフ(1チーム30人) (2)大会関係者や報道関係者 (3)観客・ファンの3層に分け、それぞれの層以外の人との接触は禁じました。ツールの選手は1チーム8人、22チームで176人います。選手をサポートするスタッフ、関係者を含めると、1チーム30人で、総勢およそ700人弱がレースの中心です。この集団を「レース・バブル」と名付け、このバブルを外部から守るべく、特別な感染症対策を施しました(この「バブル」を作り集団を守るという考え、NBAバスケットの開催などでも施行され、他のスポーツイベントでも標準的となる考え方になっているようです)。バブルの中に入るには、開幕前に全員が2回のPCR検査を受け、陰性の確認が必須です。バブルの中にいる選手や関係者は、外部との接触が厳しく制限され、家族との面会もできません。宿泊ホテルも完全に分離され、長距離移動も飛行機や鉄道を使わず、移動手段はチームのバスや車のみ。21回のレースの合間に2回の休息日があり、この日、全員にPCR検査を行い、陽性反応が出た時点でバブルから離脱します。選手ならこの時点でリタイアです。選手やスタッフも含め帯同するチーム全員の中から陽性者が同時に2人出ると、その時点でチーム全体が失格とされバブル(ツール)から除外される。という厳しいルールです。
大会関係者や報道関係者は「第二バブル」となり、PCR検査陰性診断書と健康状態に問題がないとの健康診断を受け、ようやく「第二バブル」に入ることができるIDが手に入ります。「レース・バブル」と接触できるのはソーシャルディスタンス(柵越しに1m以上の間隔があり)が確保されたミックスゾーンに限定され、選手との直接接触は禁止されました。
バブルの外側の大勢の観客、ファンに対しては『2020運動』を奨励しました。2020運動とは次の内容です。
2=沿道観戦客は選手と2メートルの距離を置く
0=サインを求めない(0サイン)
2=①マスク着用と②アルコールジェル手洗いの徹底
0=自分と選手集団、または選手個人とのセルフィーはしない(0セルフィー)
感染状況が悪い都市や地区(レッドゾーン地区)を走るときは、スタートラインから100m、フィニッシュライン手前300mの沿道への観客入場禁止、沿道の登坂区間への入域を一部禁止(登坂区間はスピードが落ち、沿道の観客との距離がさらに近くなり、接触や感染の危険を増すため)を行いました。
さて結果はというと、選手からは1人の陽性者も出ませんでした。4チームのスタッフから1人ずつ4人の陽性者が出てバブルから離脱したのみで、失格になったチームはありませんでした。しかし、なんとツールの最高責任者ツアーディレクターに陽性が出て、ディレクター自身8日間自宅隔離となりました。ただ、ディレクターはたくさんの招待者と会わねばならないので、最初からレースバブルには入れていなかったのです。
今年は、一面の黄色いひまわり畑の横をロードバイクが駆け抜けるという名物の風景は見られませんでしたが、最後の最後に大逆転が起きるという、白熱したドラマが見られました。コロナ禍で世界の一大イベント、ツール・ド・フランスを開催し大成功にこぎつけたのは、是が非でも開催し成功させたいという関係者の熱意と知恵の賜物だったのです。
(令和2年11月号)