横田 樹也
2016年9月の新潟市医師会報(第546号)で「禁煙のすすめ」と題して「理事のひとこと」を書かせていただきました。それから約5年が経ちますが、ちょうど今年の春先に、保健師を対象とした生活習慣病予防研修会で禁煙支援について話しをさせていただく機会があり、その準備をする中で、喫煙、禁煙について、新たな知見を得ることができましたので、「続・禁煙のすすめ」と題し、最近のタバコ事情について、書かせていただきたいと思います。
前回の「禁煙のすすめ」で書かせていただいた2015年、我が国の喫煙率は男性が31.0%、女性が9.6%、全体で19.9%でしたが、2020年12月に更新された厚労省の最新の調査結果によると、習慣的に喫煙している人の割合は、男性 27.1%、女性 7.6%で、全体で16.7%と、この5年間で、喫煙率はかなり減少傾向にあるようですが、何らかの要因があるのでしょうか。この統計にはまだ関与していないと思いますが、昨年初めから世界的に最大の問題となっている新型コロナ感染症の蔓延により、多くの喫煙者が禁煙せざるを得ないと考えるようになったことは間違いないと思います。中国や欧米からのいくつかの医学論文では、喫煙者は新型コロナに感染し易いことに加え、感染した場合は、重症化や死亡リスクが高くなると報告されており、これについては、メディアでも大きく報道されました。感染し易さや重症化する原因としては、まず、ニコチンが新型コロナウイルスの侵入口となっているACE2受容体を増やすことで、感染し易くなっているのではないかという報告があります。また、喫煙関連疾患である呼吸器、循環器疾患自体が新型コロナ感染症のリスクファクターになるのではないかという考え方もあります。加え、喫煙環境が少なくなった現状で、喫煙するために利用する喫煙室自体が、いわゆる3密となるため、そこでは感染するリスクが高くなるのではないかと恐れ、喫煙室での喫煙を敬遠する喫煙者が増えているようです。
一方、喫煙率を低下させている最も大きな要因となったものが、昨年4月から施行された「改正健康増進法」です。これは特に未成年者や疾患を有する人が、望まない受動喫煙をなくすことを目的に、一部の例外があるものの、多くの公共の場を原則屋内禁煙とするもので、喫煙者にとっては、大幅に喫煙できる場を制限されることとなりました。これまで、日本政府(特に自由民主党)は、禁煙を推進することに対して後ろ向きでしたが、2013年9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の開催が決まったことが、政府が禁煙政策に舵を切らざるを得なくなったきっかけとなりました。従来から、オリンピック開催地では「たばこフリー」が定着しており、オリンピックをきっかけに北京でもリオデジャネイロでも、全ての屋内が禁煙となりました。このため開催地である東京都のみならず、日本全体で禁煙を進める大きな追い風となったのです。ただ、「改正健康増進法」では、現状、個人または中小企業が経営する飲食店や客席面積が100m2以下の飲食店、また、バーやスナック等「喫煙を目的とする施設」での喫煙は認められており、これに関しては、今後、全ての公共の場を禁煙とする法改正が待たれるところです。
最近、特に若い人の間で、新型タバコの利用者が増えています。新型タバコには電子タバコと加熱式タバコがあり、VAPE(ベイプ)で代表する電子タバコは、液体に熱を与えることで発生する蒸気の香りを吸引するもので、日本で発売されているものにはニコチンは含まれておらず「嗜好品」に分類されます。一方、日本で販売されるほとんどが加熱式タバコで、フィリップモリス社のIQOS(アイコス)が有名ですが、電子機器でたばこ葉を加熱して、発生する蒸気を吸引する「たばこ製品」です。普通の紙巻きタバコと比べて、発生する煙やにおいは軽減されており、加熱式タバコの使用は喫煙と思っていない使用者も多いようです。しかし、加熱式タバコにも、紙巻きたばこより少ないものの、ニコチンや発がん性物質も含まれていて、将来の健康への影響はまだわからないというのが実情です。また、受動喫煙の可能性も指摘されていて、「改正健康増進法」でも紙巻きタバコ同様に制限の対象になっています。紙巻きタバコから加熱式タバコに変えれば大丈夫などとは決して言えず、今後は、特に若い人たちには、新型タバコについて、正しい情報を伝えていくことが大切ではないかと考えます。
5年前と比べ、タバコ事情は大きく変化し、喫煙者が減少してきてはいることは事実ですが、がんやCOPD、虚血性心疾患などの喫煙関連疾患は、喫煙から疾患発症までタイムラグがあるため、これらの疾患がすぐに減少するわけではありません。今後、(加熱式タバコも含み)喫煙率がいっそう低下して、喫煙(受動喫煙を含む)を原因とする病気で苦しむ患者さんが、できるだけ少なくなることを強く望んでいます。
(令和3年5月号)