大滝 一
●はじめに
・昨日の夕食で何を食べましたか?
・電子音が聞こえますか?早口言葉は聞きとれますか?
この記事を読まれている多くの先生は、おそらく昨日の夕食内容もしっかりお答えできるでしょうし、電子音もきちんと聞こえていると思います。
ただし、75歳、80歳を超えてくるといかがでしょうか?日常生活の中で、個人名や固有名詞が出てこない、最近「ピピピ」の電子音が聞こえない、早口言葉が聞き取れないと自覚されている先生も多いのではないでしょうか。医師といえども認知症になりますし、もちろん難聴にもなります。そういう私も最近は固有名詞がなかなか出てこず、TVのボリュームも大きくなっています。
●認知症と難聴
認知症に関しては、団塊の世代が後期高齢者となる2025年には、高齢者の5人に1人が認知症となることがよく知られており、全国で約730万人、新潟県で17万人、新潟市で5万人と推定されています。
一方、難聴に関しては認知症ほど注目されていません。認知症は家族や周囲の方々への影響や負担が大きくなりますが、難聴については周りの人に大きな迷惑をかけることが少ないためと思われます。聞こえなくても、じっとしていれば「おとなしい人」「もの静かな人」「少しボケが入っている?」などとして見過ごされることが多いのではと思われます。その難聴者ですが、65歳から74歳の6人に1人、75歳以上の3人に1人以上が難聴であることが分かっており、認知症患者より多いくらいです。
●認知症と難聴の仲
近年の調査研究でこの認知症と難聴の関わりは極めて大きいことが判明し、難聴は認知症の発症と進行の育て親の一人であるとともに大の仲良しなのです。おそらく恋人同士ではないかと思われます。どうも難聴の方から認知症に積極的にアプロ―チし、その発症と進行を唆しているようです。
●補聴器について
そこに文明の利器、補聴器の登場です。
補聴器は、認知症に発症と進行を促す恋仲の難聴を懲らしめるため、当時の認知症事情は分かりませんが、1600年代にこの世に送り込まれました。18世紀末期にはベートーベンもトランペット型補聴器を使用していました。その後、1876年にグラハム・ベルが電話機を発明し、それを基に1878年にジーメンスという方が難聴者用の電話機を発明しました。
その後に彼はジーメンス社を起こして努力を重ねました。近年はその後継者たちがデジタル技術を用いて、極めて性能の良い補聴器を世界に普及させ、認知症予防にも一役買おうと意気込んでいます。
●認知症と難聴に関する研究
さて、難聴と認知症ですが、世界各国で研究が進み、その仲の良さからくる悪行が次々と明らかになっています。2017年には認知症発症の最大のリスクが中高年の難聴であることが、世界4大医学雑誌のLancet誌で暴かれました。その他にもアメリカ、フランスやオーストラリアなどの研究で難聴者は健聴者に比べ認知症の発症が1.5倍、これが中等度難聴以上になると3倍にもなり、人類への悪影響の実態が明白となりました。
●新潟プロジェクト
そこで我々新潟県の耳鼻咽喉科医が新潟大学の堀井教授を中心に集い、協議を重ねた結果、2021年4月にプロジェクトを立ち上げて、認知症と難聴の悪しき仲を断ち切らんと本格的な活動を開始しました。
プロジェクト名は「新潟プロジェクト~認知症予防のための補聴器助成~」です。が、裏では「新潟プロジェクト:補聴器を用いて認知症と難聴の悪しき恋仲を断つ!」と銘打ちました。新潟県の耳鼻咽喉科医の戦意も高まり、戦闘体制も整いました。
我々が活動を起こす際に、強力な武器となるのが、デジタル化され個人個人の聴力に合った微調整ができる最新の補聴器です。
そして、そこに強力な援軍が現れました。行政、県内市町村が誇る伝家の宝刀である助成制度です。補聴器の購入費用を助成して、中高年難聴者の補聴器装用を促し、認知症を予防しようというものです。これらの武器、制度と我々の戦意の高まりで、全国で初となる補聴器による認知症の発症と進行予防の戦いの火ぶたが切られました。
●行政への働きかけ
2019年から活動を開始し、2021年7月の段階で県内30市町村中、10市町村で助成がなされています。この8月には助成未実施の20市町村を巡回し助成のお願いをしました。そして更なる行政制度の強化を目ざし、新潟県に補助の上乗せをお願いしているところです。巡回後の感触としては、来年春には20前後の市町村で助成が実施される見込みです。最終的には3年以内に県内の全市町村での助成実施を目指しています。
認知症と難聴、その一つだけでも治療が困難ですが、この二つが恋仲となりタッグを組むとその対処は極めて難しくなります。そのため国内では今まで挑戦するものがほとんどなく、対処が全くなされていませんでした。
しかし我々は立ち上がりました。
一般的に恋仲を割くのは心苦しいものですが、どうみても世のため、人のためにならない仲ですので、デジタル補聴器という最新兵器と、助成・補助という行政組織の宝刀を活用して、この恋仲を断じて割かねばならないと決意しております。
●今後の展望
国内で初の我々のプロジェクトが新潟で成功した暁には「新潟プロジェクト:補聴器を用いて認知症と難聴の悪しき恋仲を断つ!」を裏の旗印に補聴器助成の全国展開を目指します。
加齢に伴う難聴を改善することは困難で、認知症を根絶やしにはできませんが、認知症患者を一人でも少なくするために頑張ります。近いうちに吉報をお届けします。ご期待下さい!
●参考
なおこの内容は、新潟県医師会報の今年の4月号の「県医よろずQ&A」、61~63ページに掲載されております。今回の記事より学術的ですので、そちらをお読みいただくと、さらに内容をご理解いただけると思います。どうぞご参考とされてください。
(令和3年11月号)