山本 泰明
警察へ異状死体が届けられると「検案」が必要となる事があります。現在、大規模災害や新型コロナウイルスなどの感染症、高齢化による多死社会に備えて、「検案」に対応できる医師の後継者不足が深刻です。「警察医」は新潟県、新潟市でも不足していますが、育成や後継者の確保は、全国的にも喫緊の課題となっています。
医師に警察から協力要請がある本来業務は、留置被疑者の診察と警察職員の健康管理です。また、新潟市では性犯罪被害者の証拠採取に産婦人科医も協力しています。死体の「検案」に至る流れとしては、警察に異状死体が届けられると、まず検視官による検視が行われ、その結果によって「警察医」に検案要請が出され、「検案」を行う事となります。その後、死体検案調書、死体検案書(死亡診断書)を作成し、死体に犯罪性が見つかれば死体は司法解剖に回されます。犯罪性がなく死因が確定した場合は遺族にご遺体が引き渡されますが、死因が特定できなかった場合は行政解剖が行われることとなります。
「検案」を行う「警察医」になるハードルが高い理由として、まず一般開業医の「検案」についての認識不足が指摘されています。後継者の公募が難しく、前任者からの個人的依頼により引き継がれる事が多いというシステム上の問題があり、「検案」の社会的課題が公に提示される機会が少ないのが現状です。したがって「検案」をした事がなく、研修会もないため、具体的に何をしたらよいかわからない一般開業医が多数存在すると考えられます。仮に大規模災害が自分の郡市町村で起こった場合には、多数の「検案」が必要となるため、決して他人事では済まされません。死体が怖い、汚い、臭いなど死体忌避の意識も問題です。一方、「検案」の時間帯が、夜間、通常診療時間中などのため負担が大きいこと、報酬が安価すぎること、「検案」業務中の万一の事故への補償が整備されていないといった待遇上の課題も存在するため、医師側の意識を高めることと同時に、「警察医」の現状と問題点について社会全体で考え、改善していく姿勢が求められています。
新潟市の「警察医」の現状は令和2年2月に行われたアンケートの結果、新潟市では医師会会員23名、非会員1名でした。県内郡市医師会では、五泉東蒲原郡医師会のように開業医22名が一か月交替の輪番制で行っているケースもありますが、他では「警察医」1名が7医師会、2名から4名が9医師会です。ギリギリの人数で何とか「検案」を行っている現状で、「警察医」の高齢化に伴う後継者不足は実に重大な課題です。
「警察医」の選任方法は、冒頭で述べた通り、現任者が後継者を探したり、警察署が個別に医師に依頼するなど、極めて属人的な方法に頼っています。そのため日本医師会では、警察における検視への立会いや検案業務を担う医師を全国的に組織化するため、各都道府県医師会に「警察活動に協力する医師の部会」の設置を求めています。日医が令和2年4月に実施した、全国47都道府県医師会へのアンケートの結果では、部会もしくはこれに準じる組織が設置済みは33県で、新潟県を含め、設置予定なしが11県。検視・検案業務に従事する医師の選任方法、委嘱手続きは、医師会、部会に警察から依頼されているのが21県。それに対し、医師個人、医療機関に警察署から直接依頼が23県、前任者からの依頼・紹介、交替制などが8県と、個人的に依頼を受けている都道府県が6割でした。
「検案」が夜間、通常診療時間中など、負担が大きい時間に依頼される事に対しては、冷蔵庫保管などで、昼間や外来の休止時間まで待ってもらう等の時間調整を可能にするべく働きかけ、改善に向けて検討していきたい点です。
業務の負担に対して、「検案」の報酬が極めて安いことは大きな問題です。新潟市の場合、検案作成料の基準額は未設定で各自に任されており、警察署から支払われる費用弁償は一回に対し3,068円。監察医務官が検案業務を実施している東京都23区内では、一件当たり平日34,738円、休日・土日43,424円、ゴールデンウイーク52,111円、年末年始69,477円であるのに対し、日医の令和2年4月アンケート結果では「検案」一件当たり3,000円が29県と、約半数を占めています。その他、5,000円が2県、月額で1万円か2万円、日額5,000円という、いずれにせよほぼ足代だけの報酬設定となっています。死体検案料及び検案書代は自費診療になるため、「検案」した医師が直接遺族に請求することになり、遺族によっては支払が困難な場合があると聞いています。これでは請求する医師側に精神的な負担までも強いるシステムと言えます。報酬の改善については警察署、行政と交渉する必要があると考えます。一方、性犯罪被害者の診察には公費負担制度があり、「検案」についてもこうした公費制度にできないかを働きかけ、相談していきたいと考えています。
これら選任方法、待遇の問題のみならず、「検案」の精度管理も課題として上げられます。「警察医」に法医学の知識は必要要件とされておらず、これまで「検案」に関する研修会は実施されていませんでした。また「警察医」はかかりつけ医ではないため、病状の経過や服薬状況が良く分からず、死因の決定が困難なケースがあります。そのため「検案」の誤診率の高さが指摘され、死因究明制度上の不備とされています。これを受けて、新潟市医師会では平成30年から研修会を5回開催してきました。
第1回 平成30年8月30日
「大規模災害における検案の実際 ─東日本大震災での経験─」
新潟大学大学院 医歯学総合研究科
地域疾病制御医学専攻
地域予防医学講座 法医学分野 助教
舟山 一寿 先生
第2回 平成30年11月14日
「死体検案における死亡時画像診断(Ai)の活用」
新潟大学大学院 保健学研究科 放射線技術科学分野教授
新潟大学死因究明教育センター
副センター長高橋 直也 先生
第3回 平成31年2月13日
「死体検案における死亡時画像診断(Ai)の実際(チェックシートの使い方)」
新潟大学大学院 保健学研究科
放射線技術科学分野 教授
新潟大学死因究明教育センター
副センター長高橋 直也 先生
第4回 令和元年5月15日
「子ども虐待と法医学」
新潟大学死因究明教育センター
センター長
新潟大学院医歯学総合研究科
法医学分野 教授高塚 尚和 先生
第5回 令和元年9月11日
「検案・解剖で診る薬物中毒」
福岡大学医学部法医学教室 教授
久保 真一 先生
今後は「死体検案ハンドブック」などを利用し、より実地に則した研修会の開催も企画していきたいと思います。「検案」業務の重要性、必要性に対する啓発活動を頻回に行う事、「検案」業務を担う医師の育成のため、受講しやすい研修会の開催と、「検案」の実際を経験するために、「検案」要請時に、サブもしくは見学者として同行するなどの機会提供のシステム構築も、検討の価値があると思います。
日本法医学会は平成11年から死体検案認定医制度を実施していますが、認定医資格を有する「警察医」はまだ僅かです。死因究明に係る体制強化のため、新潟大学医学部法医学教室教授高塚先生から「死因究明拠点整備モデル事業」を行う事が公表されました。これは市医師会の「警察医」、法医学教室、県警、県庁の死因究明拠点の4者の連携・協力で、死因究明等の体制整備の先導的なモデルを形成するものです。「警察医」も研修会を繰り返す事で診断技術の向上を図っていく事が重要です。
今後は前任者からの個人的依頼のみに頼らず、改めて「検案」業務の重要性、必要性に対する啓発活動として研修会を定期的に開催し、医師会で協力医師に関するアンケートを実施し、「警察協力医」のリスト作成、さらに若手医師への情報発信や新規開業ガイダンスで協力依頼することも検討していきたいと考えます。これからの高齢化多死社会では「警察医」の必要性が増していきます。広く現状をご理解いただき「警察医」へのご協力をお願いするばかりです。
(令和4年1月号)