五十嵐 修一
前回の「理事のひとこと」では、「薬剤の使用過多による頭痛」について書いてみました。片頭痛に悩まれる方が、鎮痛薬の使用回数が増すことにより慢性頭痛に移行してしまう病態、予防法、治療について書きました。今回は、片頭痛の新たな治療戦略として昨年から抗CGRPモノクローナル抗体療法が保険収載され臨床現場で使用され始めましたのでご紹介いたします。
片頭痛の発症メカニズムの中でカルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:以下CGRP)が重要な役割を果たしていることが最近の片頭痛の病態メカニズムの研究により解明されてきました。CGRPそれ自体に対するモノクローナル抗体であるガルカネズマブ(エムガルティ®)、フレマネズマブ(アジョビ®)、及び、CGRPの受容体に対するモノクローナル抗体であるエレヌマブ(アイモビーク®)の3製剤が臨床治験で有効性が証明され、昨年から使用可能となりました。
1.片頭痛の病態機序と抗CGRP関連モノクローナル抗体療法
片頭痛を誘発する何らかの刺激により大脳皮質の電気的抑制状態が同心円状に広がる皮質拡延性抑制(cortical spreading depression;以下CSD)なる現象が解明され、片頭痛の前兆の発生メカニズムに関与することが明らかとなってきました。現時点での片頭痛の病態機序としてCSD等の刺激により三叉神経終末からCGRP、substance P、neurokinin A等の神経伝達物質が放出され、脳血管の拡張、血管透過性の亢進、神経原生血管炎症が惹起され、頭痛が生じるという三叉神経血管説が有力視されています。
CGRPは中枢神経、末梢の一次知覚神経の終末および遠位端に存在し、血管拡張作用、神経原生炎症を惹起するアミノ酸37個からなるペプチドです。このCGRPをターゲットにしたモノクローナル抗体治療は、本邦でも臨床治験が進み、3製剤の有効性が証明され、いずれも昨年に承認、発売に至っています。
月に1回の外来での皮下注(フレマネズマブのみ、3カ月に1回でも可能)を行い、効果は比較的早期から出現し、当院頭痛外来での経験でも有効性は実感しています。副作用は、注射部位の発赤、硬結などの皮膚局所反応、稀なアレルギー反応の他には、目立ったものはありません。薬価が高いこともあり、難治性の片頭痛患者が実際の治療対象になると思われます。
2.今後の片頭痛治療の新たな展望
片頭痛の治療方針は、発作時急性期治療と発作抑制治療に分けられます。発作時の急性期治療は、非ステロイド系消炎鎮痛剤、トリプタン製剤を用いますが、トリプタン製剤が使用されるようになってからは、急性期治療成績は画期的に改善されました。一方、発症抑制療法、発作予防薬に関しましては、プロプラノロール、バルプロ酸ナトリウム、アミトリプチン、Caブロッカーであるロメリジン等で治療を行ってきました。しかしながら、従来の予防薬では十分な効果が得られない治療困難なケースもあり、抗CGRP関連抗体により、治療抵抗性の片頭痛、慢性片頭痛の頭痛発作抑制、長期的な頭痛コントロールが可能となりました。当院の頭痛外来での20症例以上の使用経験からも、概ね期待通りの治療効果は得られていますので、今後、片頭痛患者のQOLの改善に繋がるものと期待しています。
(令和4年6月号)