山本 泰明
梅毒の感染者数が急激に増加しています。性感染症は感染予防が可能であるにも関わらず、梅毒は急増の一途をたどっており危機的な状況です。2022年の日本全国の年間感染者数は12,966人となり統計を取り始めた1999年以降初めて1万人を超えました。新潟県でも2021年は62人、2022年には140人と倍増、2023年も増加傾向が継続中です(図1)。
梅毒は1999年より、感染症法に基づく感染症発生動向調査における全数把握対象疾患の5類感染症に定められ、診断した医師は7日以内に管轄の保健所に届け出ることが義務づけられています。しかしながら最近まで新潟では梅毒患者が少なかったことから、初期硬結、硬性下疳、バラ疹を診察したことのない先生方も大勢いらっしゃると思われる事から、見逃しが懸念されています。まずは疑って、TPHAとRPRの検査を行うことが重要です。
最近の梅毒感染の特徴として、次の3点が挙げられます。
①男性は20代から50代と幅広い年齢(年齢中央値39歳)なのに対し、女性は半数以上が20歳代と若く年齢分布が狭い(年齢中央値27歳)
②早期顕性1期の増加が著明であり、男性は無症候性23%、早期顕性1期40%、女性は無症候性38%、早期顕性1期18%
③男女ともに、異性間性的接触による感染が同性間による感染を上回っている
梅毒の治療方法ですが、日本では長らくペニシリン・ショックを恐れて、世界標準治療と異なる経口ペニシリン治療(アモキシシリン500mg錠剤 一日3錠、4週間)が認可されるのみでした(日本性感染症学会2020年ガイドライン・日本産婦人科学会診療ガイドライン)。これまで実施されてきた経口ペニシリン薬治療の効能・効果に関するエビデンスはなく、内服期間が長いため途中で治療を中止してしまいがちなコンプライアンスの問題もありました。
そこで朗報は「ステルイズ®」の認可です。2022年1月26日、新潟大学小児科学教室齋藤明彦教授らの厚生労働省への早期開発・承認の要望書により、ようやく世界標準治療であるベンジルペニシリンベンザチン水和物が日本国内で発売され、一回筋注療法が認可されたのです。アメリカCDCが推奨しているベンジルペニシリンベンザチン水和物の筋注療法は、一回の投与で血中濃度を7-10日間保つことができるためコンプライアンスの心配が少なく、エビデンスも確立されている治療法です。もちろん、ペニシリン・ショックには注意が必要で、静脈内投与した場合、心肺停止、死亡例の報告があり、筋注が必須です。また梅毒治療に関連して起こるヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応(JHR:Jarisch-Herxheimer Reaction)の説明をきちんと行うこと、そしてRPRで治療効果をしっかり判定することが重要となります。
妊婦が梅毒感染した場合、治療を早期に実施しないと出生児に先天梅毒のリスクが生じます。これまでの経口ペニシリンでの妊娠梅毒の治療では、西島、川名らが全国的な多施設後ろ向き研究を実施し、活動性妊婦梅毒80人のうち、21%が先天梅毒をきたしたことを報告しています1)。妊婦梅毒早期26例での出生児先天梅毒症例率は0%、妊婦梅毒後期45例での先天梅毒症例率は33%で、遅くとも出産の60日前に治療を開始した57人の妊婦梅毒患者のうち、出生児の先天梅毒発生率は14%でした。この結果、妊婦梅毒早期では先天梅毒発生をある程度予防できるものの、妊婦梅毒後期における内服治療での先天梅毒発生の予防効果は薄いことが明らかになりました。
新潟大学小児科学教室相澤悠太先生によれば、新潟県内でも2022年の妊娠梅毒は6人で、出生児に対し先天梅毒治療を4人に行い、2人は採血フォローされたそうです。妊娠梅毒も今後、世界標準治療薬「ステルイズ®」筋注で治療することになります。この胎盤関門を通過する治療により、先天梅毒発生率を劇的に低下させることができるのではと期待されています。
先天梅毒を予防する目的で妊婦に対して使用する場合、添付文書に「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合のみ投与すること」と記載されています。妊婦がJHRを起こした場合、子宮収縮が誘発され胎児機能不全や早産を引き起こす可能性があり、産科・小児科での対応が重要となります。
新潟でも急増している梅毒を見逃さないこと、世界標準治療薬「ステルイズ®」できちんと治療すること、さらに妊娠梅毒からの出生児先天梅毒を無くすためには、罹患した妊婦の早期発見、早期治療が重要です。すべての医師と、産科・小児科・感染症内科が情報共有し、緊密に協力していくことが求められます。
1)Nishijima T, et al.: Effectiveness and Tolerability of Oral Amoxicillin in Preganant Women with Active Syphilis, Japan, 2010-2018, Emerg Infect Dis 2020; 26: 1191-1200
図1
(令和5年4月号)