熊谷 敬一
2023年1月26日、社会保険診療報酬支払基金と公益社団法人国民健康保険中央会により共同で組織される医療保険情報提供等実施機関により電子処方箋管理サービスの運用が開始された。準備の整った医療機関では電子処方箋を発行できるようになった。自院で使用している電子カルテのベンダーからは、2023年3月末に電子処方箋対応β版がリリースされたので、電子処方箋の導入を行ってみた。
すでにオンライン資格確認が導入されていることが前提であるため、ネットワークの設定は不要である。電子カルテ端末に汎用カードリーダーを接続し、あとは診療報酬改定の際などに行うバージョンアップ作業とほぼ同じである。さらに医療機関等向けポータルサイトから電子処方箋利用申請と電子署名を行うための準備完了の登録と電子処方箋の運用開始日の入力を行い、オンライン資格確認等システムで環境設定情報を更新するなどのいくつかの手順を行う。電子署名を行うためにはHPKIカード(医師資格証)が必要であり、まだ取得していない場合は発行の申請をしなければならない。HPKIとは保健医療福祉分野公開鍵基盤の略称で、HPKIカードを用いて医療分野の国家資格を電子的に証明する電子署名を行うことができる。医師の場合は、日本医師会電子認証センターが発行する医師資格証が該当する。発行手数料は5,500円であるが、日本医師会員は無料である。私はすでに2017年に取得していたのだが、全く使う機会がなかったためPIN(暗証番号)を失念してしまっていた。電子処方箋の発行時にPINの入力が求められるので、心当たりのある番号を2回入力してみたが、いずれも正しくないというメッセージが表示されてしまった。PIN入力の試行回数には制限があり、15回失敗するとそのHPKIカードは永続的に利用できなくなってしまう。そのため、日本医師会電子認証センターに暗証番号(パスワード)開示申請を行った。何日か後に届いた開示通知書には見覚えのある4桁の数字が記載されていた。
電子処方箋に対応することにより発行できる処方箋は3種類である。電子処方箋と紙の処方箋と従来の処方箋である。電子処方箋は処方箋を電子化し、タイムスタンプを付与した電子署名を行ったものである。電子署名により真正性、非改ざん性が証明される。電子処方箋の実体は700KBを超える長さのエンコードされたデータである。XMLファイルの1つのタグの要素として格納され送信される。処方箋の原本は電子処方箋管理サービスに登録され、患者に渡すものは処方内容(控え)である。処方内容(控え)は電子処方箋管理サービスから返送されてくるPDFファイルを紙に印刷したもので、6桁の引換番号が記入されている。薬局における処理の利便性を考慮し、二次元コードによる表示も行われている。二次元コードの内容は保険者番号、記号、番号、枝番、生年月日、引換番号である。処方箋の概要が分かるように、医療機関の情報、処方内容、保険情報、公費情報なども印刷される。医療保険適用外の医薬品を扱う処方箋や労災、自賠責などの診療は電子処方箋の対象外となる。
紙の処方箋とは電子処方箋と従来の処方箋とのいわばハイブリッドである。電子処方箋管理サービスに処方箋の登録は行うが、患者に渡すのは印刷した処方箋であり、従来の処方箋とほとんど同じものである。医師の署名または記名押印が必要であり、患者に渡した紙の処方箋が処方箋の原本となる。従来の処方箋と唯一違う点は処方箋の左上に電子処方箋対応の文字と6桁の引換番号が記入されていることである。薬局では引換番号を用いて電子処方箋として調剤することができる。
電子処方箋の発行に際してHPKIカードを利用するためには、電子カルテ端末に汎用カードリーダーを接続してHPKIカードを読み取らせる必要がある。医師数が数百人以上の大病院では、汎用カードリーダーの設置の問題や、HPKIカードの管理上の問題が生じる恐れがある。そのため、クラウド用のHPKIセカンド電子証明書が提供されることになった。これは、日本医師会等が共同で運用するHPKI電子証明書管理システムにセカンド電子証明書を格納して医師の代わりに電子署名を行うサービスである。医師は自身のスマートフォンの生体認証で本人確認を行う。現在は医師資格証の新規申請を行うと必ずセカンド電子証明書も発行されるが、過去に医師資格証を取得した場合は、セカンド電子証明書の発行申請が必要である。また、医師個人だけではなく医療機関ごとに医師資格証の新規申請を行えるようになった。
医療機関向けに電子処方箋のメリットとして挙げられているのは、重複投与と併用禁忌のチェックである。過去100日以内に処方、調剤された全ての薬剤がチェックされる。そのこと以外では患者に紙の帳票を渡して薬局に持参してもらうという点で従来の処方箋と何ら変わりはない。しかし、電子処方箋は今後計画されている全国医療情報プラットホームの創設や電子カルテ情報の標準化などの医療DXの推進のためには不可欠な要素である。電子処方箋情報は発生源からリアルタイムで集積されてくるデータであり、いつどこで誰がどのような診療を行っているかすべてを把握することができるのである。診療報酬改定DXでは共通算定モジュールの計画がある。診療報酬改定に関する作業を大幅に効率化しコストを削減することにより、従来は原則として2年に1度の改定であり、薬価のみ毎年改定されていたが、今後は必要に応じてもっと頻繁に改定される可能性がある。現に2022年10月には、今まであまりなかった年度の途中での改定が行われた。これらのことを実現する上で、オンライン資格確認の導入により日本中のほとんどの医療機関が高速でセキュアなIPv6の通信回線でつながれたことの意味は非常に大きい。つまり通信インフラはすでに完成しているので、あとはソフトさえ作れば何でもできる状態なのである。
(令和5年7月号)