阿部 裕樹
新潟市医師会会員の皆様、昨年7月に理事に就任しました新潟市民病院の阿部裕樹と申します。医療安全部の事業を中心に活動しております。若輩者ですが、皆様のお役に立てるよう努力する所存ですので宜しくお願い申し上げます。
私は小児科医ですが、中でも小児の内分泌代謝疾患が専門です。成人と同様に甲状腺疾患や糖尿病などの診療も行っておりますが、受診される患者さんの多くは成長の問題や、思春期早発症に代表される二次性徴の問題を指摘された子どもたちです。
市内の小中学校の校医として、学校健診にご協力いただいている先生も少なくないと思いますが、新潟市では学校保健安全法施行規則の一部改正に伴って、平成28年4月から成長曲線を利用した学校健診が開始されました。成長曲線は現在の身長や体重を点ではなく、過去からの連続した線の記録として捉えることで、成長の変化を把握し、成長率の異常を示す病的な成長障害やその原因疾患を発見しやすくする効果があります。成長曲線が取り入れられたことで、例えば成長率の異常が診断の端緒となることが多い思春期早発症の診断率は確実に高まっています。思春期早発症はもともと女児に多い疾患ですが、成長曲線が導入されてからは男児でも診断されるお子さんが増えており、これは男児では二次性徴の変化が外見上分かりにくいことから、これまで見逃されていた症例が少なくなかったことを示唆しているものと考えています。
成長曲線の導入によって、成長障害を起こす疾患の診断率は上がっていますが、残念なことに学校健診の仕組みだけでは治療介入の必要な症例を適切な時期に診断できない可能性があります。成長率の異常を診るためには、最低でも2ポイントの計測値が必要なため、学校健診では小学校2年生以上にならないと成長率の異常は指摘できず、受診勧奨もされません。しかし、例えば思春期早発症で治療介入が必要になる可能性が高いのは、女児であれば5歳以下くらいの低年齢で発症する患者さんですが、この年代の成長の記録は幼稚園、保育園などでの計測値でしか判断できず、こうしたデータは小学校には引き継がれませんので、入学時に一旦リセットされてしまいます。これが、学校健診の仕組みだけでは適時に診断、介入することが困難な場合がある理由です。私たちは成長や二次性徴の異常を診る際に、母子手帳から園での成長記録まで全て持参していただいて成長曲線を作りますが、園での記録は紛失してしまっていることもあり、こうなると貴重な記録を生かすこともできません。
成長率が低下している場合には、成長ホルモンの問題以外に甲状腺機能低下症が診断されることもあります。また希ではありますが、脳腫瘍では中枢神経症状や視力、視野障害などの出現に先行して視床下部障害による肥満や成長率低下、思春期早発症、中枢性尿崩症などの内分泌異常を来すことが多いことが知られており、重篤な疾患の発見契機になることもあります。進行性の肥満では早期の介入を可能とし、進行性の痩せでは甲状腺疾患や神経性食指不振症などの診断の契機にもなり得ます。このように成長曲線は小児期の異常を感知する強力なツールです。現行の学校健診に加えて、母子手帳のデータや、幼児期の身体計測データをシームレスに融合したデータ活用が可能な制度の整備が望まれます。
(令和5年10月号)