佐藤 勇
「かかりつけ医でコロナワクチンを接種するようにと言われても、かかりつけ医がいない」という戸惑いの声や、「かかりつけ医だと思っていたのに断られた」という声もあった。新型コロナの流行は、そもそも「かかりつけ医とは?」という問いを生じさせたとも言える。
日本医師会総合政策研究機構が行った全国調査(2022)では、「かかりつけ医がいる」と答えたのは70歳以上で76.5%、30歳代は37.9%、29歳以下では29.7%と低い。かかりつけ医の問題は、登録制にして医療費を抑制したいという一部の政治的な考えとリンクすることがあるがここでは触れない。ただ、そのためか、残念ながらこの統計では、感染症の罹患頻度が高くワクチン接種も頻回である就学前の乳幼児期にしぼった統計はみられない。しかし、高齢者同様「こどものかかりつけ医」という意識は高いのではないかと推測される。そしてその多くは、基礎疾患のないいわゆる「生来健康な」乳幼児にとって、主に開業の小児科医ではないかと考えられる。かかりつけ医としての開業小児科医についてふれてみたい。
2020年9月、日本小児科医会は「子どものかかりつけ医がいなくなる⁈緊急メッセージ 日本の小児医療がピンチです」という声明を出した。新型コロナウイルスによって、日常を奪われた子どもたちの72%に何らかのストレス反応が見られた一方、感染に対する不安による受診控えによって、親子に出会える機会が極端に減り、ご家族の力になれない一方で、全国の小児科診療所が経営危機に瀕してしまった。このときには保護者が声を上げてくださったり、行政の一部から支援などもあったが、直接の原因ではないにしても、市内には閉院する施設がみられた。このときには、突発性発疹以外のほとんど全ての感染症が姿を消した。しかし、そのリバウンドのようにデルタ株流行以降、小児のコロナウイルス感染症の罹患率も増加し、オミクロン株では、むしろ小児が感染の中心となった。そして、それまで姿を隠していたRSウイルスの爆発的流行やインフルエンザの広がりなど、コロナと同時進行で各種感染症の流行が見られ、小児科外来の現場は煩雑を極めた。昔の四季を感じることのできる季節性のある小児科外来の状況は消えてしまった。
もともと小児科外来で扱う疾患は、感染症が主であり、季節性があって、それぞれの疫学的干渉もある。春先のアレルギー疾患の増加に対応し、夏場の手足口病などエンテロウイルスを相手にすると、秋口に遅めの盆休みがとれ、その後インフルエンザワクチン接種で助走しながら、冬のRSと引き続くインフルエンザとの対応に突入する。そんなメリハリのある診療の中で、インフルエンザ流行時には、時に昼休みもなく、20時頃ようやく外来をおえると、昼に来られたお母さんが差し入れを持ってきてくれることもあり「地域」を意識できることもあった。1年の中でメリハリがあり、一息つくこともできたので、繁忙期もがんばれた。
新潟市内では、世代交代に不安がある地域もあるが、他の市町村にくらべ小児科医は充足している。しかし、こどもの数が減り、小児科医の需要が減少してきたかのような誤解が持たれているが、実際には少子化社会にあって、少ないこどもを大切に育てるという傾向が強まり、かかりつけ医として小児科専門医を選ぶ親が増えていることから、地域住民の要望も極めて高いものがある。一方で、地域保健・学校保健に寄与する小児科医の役割や社会的影響力が医学生にはまだ十分理解されていない。医学生や研修医がこどもの保健・医療を学ぶためには、諸外国にみられるように総合的なこども病院を教育機関と位置づけて大学内に設置することが望ましいが、現状はほど遠い状況と言わざるを得ない。
1997年、当院を開設した際に、おそらく新潟県内で初めてプッシュホンによる自動電話予約を導入した。当時NTTが音声ボードの開発に成功し、それを用いた予約システムであった。先輩諸氏からは、急性疾患がほとんどの小児科では予約制は無理と言われたが、当時は朝早くから孫のために祖父母が医院に並び、玄関前に下げられた紙に名前を書いて順番を取るようなことが行われており、それをなくするために電話予約を導入し、同時に予約を取らなくても受診を希望するかたには、直接来院の併用で運用を始めた。その後多くの施設が予約制を取り入れたが、同じような方法で、予約外に対応し、かかりつけと考えている人たちを排除しないような運用であったのではないだろうか。
しかし、前述のような疲弊する状況と、地域で開業するということと勤務医時代の業務との違いを意識しにくいためか、予約のみの診療にするなど予約制の運用の仕方に変化がみられている。変化はそればかりではない。かつては、開業するということは24時間拘束されることであった。休日もあまり外出できない状況を何とかするため、開業医の輪番制が取り入れられ、その形を充実されたものがセンター化による休日診療であった。つまり相互扶助の下で成り立っている制度なのだが、常態化する中で義務意識が薄れてきたように感じる。園医、学校医、乳幼児健診など、地域で診療するうえであたりまえのこととして、地域の子どもたちの健康にかかわることにも、負担感を感じる医師もみられている。
今後、働き方改革を目前にして、開業医の働き方も検討が必要になるだろう。すでに10年近く前に、日本小児科学会は「小児科医確保に関する提言」のなかで、小児科医としての仕事の魅力とやりがいを述べる一方で、以下の記述が残されている。「医師も例外ではないが、どの職種であれ最近の若い世代は、経済的安定や個人・家庭の生活を快適に保つことに固執する傾向にある」