竹之内 辰也
広辞苑によると、医師とは「所定の資格を得て、病気の診察・治療を業とする人」とのことです。しかし、実際のところはどうでしょうか。我々が患者と向き合って診療に携わる時間よりも、PCに向かって行う事務作業に要する時間やエフォートの方がどんどん大きくなっている気がします。診療録の記載は別としても、診療に必要な種々の文書類(同意・説明文書、診断書、意見書、指示書)の作成、各種オーダ(病名、処方、注射、検査、予約、指示、輸血、手術)の入力、また最近では検査結果の見落としや説明漏れの対策として、医師による結果閲覧・説明の承認入力までもが求められます。これらの多くが電子カルテの画面上で行う作業であるために、診察室でも患者ではなくモニターに向かっている時間が必然的に長くなり、病院ではよく「医者がコンピュータの方ばかり向いて、こちらを見ない」という苦情の投書を受け取ります。
2012年に独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った、勤務医の就労実態と意識に関する調査の「医師として働くうえで疲労を感じるもの」の上位は、1位:当直業務、2位:長時間労働、3位:患者・家族の理不尽な要求、4位:病院内の診察外業務(委員会活動・会議等)、5位:レセプト以外の書類作成、でした。肥大化する事務作業が医師の過重労働を生み出す要因となっていることから、2008年度の診療報酬改定で医師事務作業補助体制加算が新設され、医師事務作業補助者(医療クラーク)という職種が誕生しました。届出病床数に対する医療クラークの雇用人数に応じて、100対1から15対1までスライディングスケール式に加算点数が高くなるので、病院にしてみれば多く雇用するほど診療報酬は増えますが、その分人件費もかさむので無尽蔵に増やす訳にもいきません。制度的に医療クラークの業務には様々な制限がありますが、これまでに多くの時間を費やしていた書類作成やオーダ入力を代行してくれるので、医師は内容を確認して承認するだけで済みます。医療クラークはいわゆる医療従事者ではないものの、いまや病院における医療チームの重要な一員であり、医師の労働時間適正化の観点からも必要不可欠な存在となっています。
とはいえ、医療クラークをめぐってはさまざまな問題点もあります。公的な認定資格ではないので職種としてのアイデンティティを欠き、採用する人員の背景やスキルは実にさまざまです。また、医師のお抱えとなることで業務内容が特化してしまい、シフトなどの組織的な管理体制が作りづらい部署となっています。私自身も長年医療クラークの管理者を務めていましたが、配置を変えようとするたびに医師からはお叱りを、クラークからは涙の直談判を受け、むしろこちらが泣きそうでした。
新潟市医師会では勤務医委員会の佐藤雄一郎委員長、窪田智之副委員長を中心に、勤務医への側方支援を目的とした医療クラークの教育研修活動を行っています。年3回開催している新潟市医療クラーク勉強会は、一般的な医療知識の習得も含めた内容としており、病院勤務の医療クラークだけではなく、診療所スタッフの皆様からも多数のご参加を頂いています。2024年の医師の働き方改革に向けた勤務医のタスクシフト推進強化という観点からも、病院には医療クラークの積極的な雇用をお願いしたいところです。5年前に現状調査として市内病院にアンケートをさせて頂いたところでは、医療クラークを雇用している病院は回答のあった40施設中21施設(52%)でした。その後の進展状況を把握するため、今年度には再調査を予定しています。ぜひご協力をお願いいたします。
(令和6年1月号)