熊谷 敬一
精神医学的に依存とは、やめたくてもやめられないことで様々な問題を引き起こすことである。依存の形成には脳内のサイクルが関わっている。まず、快感刺激で報酬系が活性化される。次に、中断によりストレス反応が生じ依存が強化される。そして、渇望がコントロールできない状態となり、さらなる快感刺激を求める。依存の対象としては物質と行動のどちらも認められ、物質としてはアルコール、ニコチン、薬物など、行動としてはギャンブルやゲームなどである。高カロリー食品や砂糖にも依存性があるといわれている。ゲームについては、インターネット上の様々なコンテンツのうちゲームのみが、ICD-11にゲーム行動症として収載された。日本語訳はまだ確定していない。DSMではまだ疾患とはされていない。ところで、音楽にも中毒性があるといわれることがあるが、日常生活や社会生活で重大な問題を引き起こすとまではいかず、精神医学的に依存とは言えない。では、音楽の中毒性とはどんなものなのか。
ノーベル文学賞受賞者であるボブ・ディランの「風に吹かれて」が、頭にこびりついて離れない現象が起きやすいとされており、リズム、旋律、音程に特徴があると言われている。音楽の人気を比較するうえで、以前はレコードもしくはCDまたはダウンロードでの販売数が指標とされた。ミリオンセラーとかダブルミリオンと言われた。ところが、約10年前から定額制音楽配信サービスが利用されるようになると、ストリーミング再生回数が指標となった。販売数ではなく何回聞いたかをカウントするので、1人が何回も聞くことにより、また以前なら購入するほどではないが、ちょっとだけ聞いても回数がカウントされるので、莫大な数字となる。日本での2023年の年間ストリーミング再生回数はYOASOBIの「アイドル」が5.2億回で首位を獲得した。また、同年中YOASOBIの「夜に駆ける」がストリーミング累計再生回数で10億回を突破し、日本初のビリオンヒットを達成した。また、動画投稿サイトでのことだが、今年、こっちのけんとの「はいよろこんで」のミュージックビデオはダンスも注目され再生回数が1億回を超え、他のSNSも含めた全世界での総再生回数は100億回超となっている。インターネットの過剰使用の際に動画の視聴が中心となる場合があり、影響しているかもしれない。
Ernest Mas-Herreroらの脳神経画像研究によると、音楽と食品に対する脳の反応を比較したところ、腹側前頭前野、腹側線条体、島皮質で共通の脳領域に関与が認められた。さらに、知覚、感覚処理、学習に関連する脳領域における追加の報酬型特異的活性化を示したとのことである。臨床的に依存とまではいかないのだが、報酬系への関与は確実である。中毒になりやすい音楽の特徴はすでに分かっているので、意図的にそういう音楽を制作することが可能である。また、膨大な旧譜楽曲から収益性の高い楽曲を特定し、効率的にプロモーションを行う取り組みも可能となっている。ストリーミング配信技術は音楽の聴き方のみならず、音楽そのものを変えてしまっているのかもしれず、DXの1つであると言える。
(令和6年11月号)