五十嵐 修一
つい先日のことであるが、妙に印象に残る夢を見た。どうやら札幌の学会会場に来ており、その日のうちに飛行機で帰らなければならない状況なのだが、自分の荷物をどこに預けたのか、帰りの便はそもそも予約していたのか、まったく思い出せない。とりあえず空港に向かおうかと、困り果てている、そんな夢であった。
健忘といえばアルツハイマー型認知症を想起するが、今回みた夢の中の症状は「一過性全健忘(Total Global Amnesia : TGA)」に近い状態であったのではないかと推察する。TGAは病態機序に未解明な部分が多いものの、症候は比較的均一で、日常生活を普通に送っていた人が突如として、新しい出来事を記憶できなくなる“前向き健忘”を呈する。数分前の出来事も覚えられず、「どうやってここへ来たのか」「さっき何をしていたのか」と同じ質問を繰り返す。意識ははっきりしており、自分が誰か、どんな人生を歩んできたかといった自伝的記憶は保たれているものの、記憶を刻むメカニズムに障害が生じ、その場の出来事がまるで水のように指の間からこぼれ落ちていくのである。不安になった本人と周囲は救急外来を受診するが、MRIなどの画像検査では異常を認めず、結局はTGAと診断される。幸いこの疾患は自然に軽快し、概ね翌日には元通りの状態に回復するが、発症時の一部の記憶が抜け落ちたままとなる。発症率は10万人あたり数名とされ、中年以降に多いが、それほど稀な病態ではない。良性疾患であり短期で治癒するためか、基礎研究はそれほど進んでいないようで、謎の多い病態である。
一方で、似て非なるものに「解離性健忘」という病気がある。強いストレスや心因的要因によって、自伝的記憶そのものが消失してしまう精神科領域の疾患である。脳神経内科で診療する機会は限られるものの、稀に脳炎との鑑別で当科にコンサルトがある。重症例では自分の名前や住所、家族関係までもが抜け落ちてしまうこともある。医師になる前、テレビドラマで“記憶喪失”と称して描かれる世界はどこか虚構めいて感じていたが、実際の症例と向き合った時には、何らかの自らの防御機構かと察するも精神的な要因で、記憶がここまで失われるのかと驚きを禁じ得なかった。
こんなことを書いているときに、小学校高学年の頃、担任の先生が話していたことをふと思い出す。「人間は忘れることで生きていけるのだ。生まれてから今までのこと、嫌だったことまですべて覚えていたら、とても心がもたない」といった内容である。子どもの頃には深く理解できなかった言葉だが、年齢を重ね、その意味が少しずつ腑に落ちてきた。その言葉の裏には、「忘れたいのに忘れられない」苦悩もあるのも事実であるし、確かに、忘れることは、生理的な機能としてヒトが心の安定を保ちつつ生きていくための大切な調整機能でもあるのかもしれない。
ヒトの記憶は、脳の中で、どのようにして形成され維持されるのか、そして忘却、健忘という形で消失していくのか興味はあるところである。神経内科専門医をとる前の若き頃、大学の認知症の勉強会で、記憶のメカニズムとして当時注目され始めた神経可塑性の論文を読んだりもしたが、その謎は今もなお深まるばかりである。
(令和8年1月号)